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日本の初代総理大臣は誰? - 伊藤博文

日本の初代総理大臣は誰でしょうか?

答えは、伊藤博文です。

伊藤博文像
伊藤博文像

伊藤博文ってどんな人?


伊藤 博文(いとう ひろぶみ、天保12年 - 明治42年(1909年))は、日本の武士(長州藩士)、政治家です。
位階勲等爵位は、従一位大勲位公爵。諱は博文(ひろぶみ、「ハクブン」と読むこともある)。

伊藤 博文は周防国(すおうのくに)の出身で、長州藩の私塾である松下村塾(しょうかそんじゅく)に学び、幕末期の尊王攘夷(そんのうじょうい)・倒幕運動に参加します。
維新後は薩長の藩閥政権内(はんばつ せいけんない)で力を伸ばし、岩倉使節団(いわくらしせつだん)の副使、参議兼工部卿、初代兵庫県知事を務め、大日本帝国憲法の起草の中心となります。

そして、初代・第5代・第7代・第10代の内閣総理大臣、および初代枢密院議長、初代貴族院議長、初代韓国統監、元老を歴任。

特筆すべきは、内政では立憲政友会を結成し初代総裁となったこと、外交では日清戦争の勝利に伴う日清講和条約の起草・調印により朝鮮の独立を清国に認めさせたことです。

1909年、伊藤 博文はハルビン駅で朝鮮民族主義活動家の朝鮮人・安重根に暗殺されます。
そのとき、「3発あたった。相手は誰だ」と叫び、死の間際に自分を撃ったのが朝鮮人だと知らされると、「俺を撃ったりして、馬鹿な奴だ」と呟いたといわれます。

伊藤博文とランドセル


ランドセルと猫
画像はこちらからお借りしました。

ちなみに、伊藤博文は、学童用(がくどうよう)ランドセルの普及のきっかけを作った人でもあります。
こう書くと、

「えっ? 伊藤博文とランドセルって、何か関係があるの?」

と思われた方が多いことでしょう。
実はこれ、大いに関係があるのです。

一言で言えば、内閣総理大臣である当時の伊藤博文が、大正天皇の学習院入学を祝して、特注のランドセルを献上したことがきっかけで、その後ランドセルが一般に普及することになるのです。

詳しくは、以下の記事をお読みください。

「ランドセル」の語源は?-オランダ語のransel(ランセル)」から

ランドセルの語源は、オランダ語の『ransel(ランセル)』で、当初は「ランセル」というオランダ語をそのまま用いていました。ランセルを直訳すると背嚢(はいのう)、つまり背に負う方形のかばんのことで、日本に入ってきたのは幕末の頃です。この「ランセル」が「ランドセル」に変化し、日本に定着しました。明治20年(1887年)、当時の内閣総理大臣伊藤博文が、大正天皇の学習院初等科入学を祝して、特注のランドセルを献上しま...

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