Super源さんの雑学事典

TV・書籍・ネットサーフィンなどで得た、雑学、トリビア、お役立ち情報などを分かりやすく綴るサイトです。無料で使えるオンライン便利ツールやブログパーツも公開&配布しています。

「釈迦の十大弟子」とは?-数多くいた釈迦の弟子の中で、特に優れた10人の弟子のこと

釈迦

釈迦の十大弟子とは、数多くいた釈迦の弟子の中で、特に優れた10人の弟子のことを言います。
それでは、一体誰と誰、そして誰なのでしょうか?

「釈迦の十大弟子」とは?


「釈迦の十大弟子」とは、具体的には以下の10人です。
舎利弗(しゃりほつ)、目連(もくれん)、摩訶迦葉(まかかしょう)、阿那律(あなりつ)、 須菩提(すぼだい)、富楼那(ふるな)、摩訶迦旃延(まかかせんねん)、優波離(うばり)、羅睺羅(らごら)、阿難(あなん)

それでは、彼らは一体どんな人たちだったのでしょうか?
以下に概要を述べます。

1.舎利弗(しゃりほつ)
舎利子とも書く。大勢いた釈迦の弟子達の中でも特に弁舌(べんぜつ)にすぐれていたため、智慧第一(ちえだいいち)と呼ばれた。
般若心経(はんにゃしんぎょう)では、仏の力を承(う)けた観音菩薩(かんのんぼさつ)の説法(せっぽう)の相手として登場し、阿弥陀経(あみだきょう)では仏の説法相手として登場するなど、多くの経典に登場する。

2.目連(もくれん)
神通第一(じんずう・だいいち)と呼ばれた。
舎利弗(しゃりほつ)とともに、懐疑論者(かいぎろんしゃ)サンジャヤ・ベーラッティプッタの弟子であったが、ともに仏弟子となった。中国仏教では、目連(もくれん)が餓鬼道(がきどう)に落ちた母を救うために行なった供養(くよう)が『盂蘭盆会』(うらぼんえ)の起源だとしている。

3.摩訶迦葉(まかかしょう)
頭陀(ずだ) 第一と呼ばれた。
釈迦の死後、その教団を統率し(とうそつ)、第1結集では500 人の仲間とともに釈迦の教法を編集する座長(ざちょう)を務めた。禅宗(ぜんしゅう)は付法蔵 (ふほうぞう、=釈迦の教えの奥義を直伝すること) の第2祖とする。

4.阿那律(あなりつ)
優れた洞察力を持つことから天眼第一(てんげんだいいち)と呼ばれた。
阿那律(あなりつ)の名前は、経典などによって表記が異なるが、他の音訳としては阿泥盧豆、阿奴律陀、阿那律陀、楼逗などがあり、これらを意訳すると如意(にょい)、無滅(むめつ)、善意(ぜんい)などとなる。

5.須菩提(しゅぼだい)
金剛般若経(こんごうはんにゃきょう)等、空を説く大乗経典(だいじょうきょうてん)にしばしば登場する。

6.富楼那(ふるな)
十大弟子中では最古参であり、大勢いた弟子達の中でも、弁舌にすぐれていたため、説法第一と呼ばれた。

7.摩訶迦旃延(まかかせんねん)
論議第一と呼ばれた。
辺地では、5人の師しかいなくても授戒(じゅかい)する許可を仏から得た。

8.優波離(うぱり)
もと理髪師(りはつし)で、階級制度を否定する釈迦により、出家した順序にしたがって貴族出身の比丘(びく、=仏教における男性の出家修行者)の兄弟子とされた。

9.羅睺羅(らごら)
密行第一(みつぎょう・だいいち)と呼ばれた。
釈迦の長男で、釈迦の帰郷に際し出家して最初の沙弥(しゃみ、=少年僧) となる。そこから、日本では寺院の子弟のことを仏教用語で羅子(らご)と言うようになった。

10.阿難陀(あなん)
阿難陀(あなんだ)とも言う。多聞第一(たもん・だいいち)と呼ばれた。
釈迦の従弟で、nandaには歓喜(かんぎ)という意味がある。
阿難陀(あなんだ)は、出家(しゅっけ)して以来、釈迦が死ぬまでの25年間、釈迦の付き人をした。第一結集のとき、阿難陀(あなんだ)の記憶に基づいて経が編纂(へんさん)された。120歳まで生きたと伝えられる。無量寿経(むりょうじゅきょう)等に仏の説法相手として登場する。

参考にしたサイト
釈迦の十大弟子-通信用語の基礎知識
http://www.wdic.org/w/CUL/%E9%87%88%E8%BF%A6%E3%81%AE%E5%8D%81%E5%A4%A7%E5%BC%9F%E5%AD%90
関連記事

* Category : 雑学

* Comment : (1)

管理人のみ閲覧できます * by -

コメント









管理者にだけ表示を許可する

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007-10-14 * [ 編集 ]