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慶応大学のシンボルマークが「ペン」なのは、福沢諭吉が辞書を入手できなかったためだった!?

写真はこちらからお借りしました。
「ペンは剣よりも強し」
武力から言論へという進歩を象徴するこの言葉が、慶応大学のマークの由来だと思っている方が多いのではないでしょうか?
しかし実際には、このマークは慶応大学の創立者福沢諭吉(ふくざわゆきち、1835年(天保5年) - 1901年(明治34年))が、オランダ語の辞書を入手できなかったことが遠因(えんいん)となっています。
慶応大学のシンボルマークが生まれた背景
当時、福沢諭吉はオランダ語を勉強していました。
しかし、辞書が手に入りません。
そこで、横文字を書き写してオランダ語を学んでいたのですが、そのとき使っていたのが毛筆です。
ご存じの通り、毛筆というのは、その構造上しばしば毛先に墨を補充しなければならないので、効率があまりよろしくありません。
福沢諭吉は、この効率の悪さに業(ごう)を煮やしていました。
そこで彼は、オランダの百科事典『厚生新論』を参考にして、羽根の軸を小刀(こがたな)で削ってペンを作ったといいます。
これで、勉強の効率がアップしました。
その結果、「毛筆=遅れた文明のシンボル」、「ペン=近代化のシンボル」と考えたのに違いありません。
かくして、福沢諭吉は自分の学校のシンボルマークにペンを選んだのでした。
おわりに
「シンボルマークって、マクドナルドの看板に描かれている絵のことだよニャ」「それは、『マックのシンボル』だニャ」

慶応大学の創始者・福沢諭吉は、幕末から明治維新にかけて、西洋の啓蒙思想(けいもうしそう)を導入し、日本の近代化に寄与(きよ)した人物です。
そのことから考えると、「ペンは剣よりも強し」という言葉が慶応大学のマークの由来だという説明は、すんなりと心に入ってきます。
しかし実際には、オランダ語の辞書が入手できなかったことが遠因だったと知ると、なにかぐっと身近な話に感じられますね。
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カテゴリ:[雑学]