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将棋の駒「王将」は豊臣秀吉が作ったものだった? - 将棋おもしろ雑学

王将 将棋の駒

将棋(しょうぎ)は、2人で行なうボードゲームです。
チェスと同様に、そのルーツは古代インドのチャトランガというゲームであると考えられています。
将棋の日本への伝来時期は、いくつか説がありますが、早いもので6世紀頃に中国を経(へ)て伝わったと考えられています。

将棋の「王将」は、豊臣秀吉が作ったものだった?


さて、将棋は双方の駒(こま)をルールに従って動かしていくゲームですが、実は、その駒の中に、実はもともとなかったものが存在します。
将棋の駒(こま)を盤上に並べ、自分の駒と相手の駒とを良く見比べると、ひとつだけ違うものがあることに気づきます。
「玉将(ぎょくしょう)」と「王将(おうしょう)」です。

玉将と 王将
写真はこちらからお借りしました。

一般的には、上手(うわて、=対局者のうち段位・力量の優れたほう)の人が王と書かれた方を使用するという決まりがありますが、このうち「王将」という駒を作ったのは豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)だという説があります。

もともと中国の将棋の駒には、「金」「銀」といったように、すべて宝物の名前がつけられていたことから、最も貴重な宝石を意味する「玉」が2つありました。
しかし豊臣秀吉は、

「玉よりも王がいい」


と、片方を強引に「王」にしたのだといいます。

その後、「玉」と「王」があった方が戦いの様子が分かりやすいということで、両方使われるようになったとされます。

将棋を指す犬 セリフ 「おい、そこ指すんじゃない!」
「おい、そこ指すんじゃない!」
(No, don't move there!)


現在の将棋には、本来なかったルールがある?


将棋のルールには例外が

また、将棋のルールのひとつに、チェスにはない、「相手から取った駒を自分の駒として盤上(ばんじょう)に打って再利用できるルール」、すなわち「持ち駒制度」という、特筆(とくひつ)すべきものがあります。
このルールは、実は初期にはなかったもので、このルールがいつごろできたものなのか、そして、どのような理由でできたものなのか、良く分かっていません。

このルールができた理由としては、駒の減少は互いに駒が足りなくなって相手の玉を詰められなくなるなど、ゲーム性の低下を伴うことから、これを補うために考案されたのだという説が一般的です。

その他、将棋の駒である、金・銀・桂(馬)・香は、いずれも資産(しさん)または貿易品(ぼうえきひん)を表わしていることから、将棋には資産を取り合う貿易や商売をテーマにしたゲームという側面があり、相手から奪った資産は消滅(しょうめつ)するのではなく自分のものになるのが自然なので、このようなルールが生まれたのだとする説もあります。

将棋の駒は、何故五角形をしている?


ちなみに、将棋の駒はちょっと変則的な五角形をしていますが、そもそも、何故このような形になったのでしょうか?

答えは、以下の記事をお読みください。

将棋の駒は、何故五角形をしている? - 平安時代にそのルーツが

近頃は、親子で将棋を指す風景もめったに見られなくなりましたが、誰もが1度くらいは将棋の駒を手に、遊びに興じた経験があるのではないでしょうか?たとえそれが、回り将棋や、はさみ将棋などであったとしても…。しかし、あの将棋の駒(こま)は、何故五角形をしているのでしょうか?将棋の駒は、何故五角形をしている?もともと、将棋のルーツはアジア諸国から伝わったとされています。中国は円形、朝鮮は八角形、ビルマやタイなど...

将棋の「王将」と「玉将」を区別した人物とは? | 雑学unun
https://zatugakuunun.com/yt/gyoukai/4764/
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