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「印象派」は、もともと悪口から生まれた言葉だった?


写真は、こちらからお借りしました。
印象派の画家は、日本人にも大人気ですが、もともとこの「印象派」という名称は、批評家による悪口だったといいます。
1873年(明治6年)のこと、フランスはパリで権威のあったサロン(官設展覧会)に落選したモネ、セザンヌ、ルノワールら約30人の若い画家たちは、サロンに対抗して、翌年の1874年(明治7年)に無審査のグループ展を開きました。
このグループ展にはいろいろな人が訪れましたが、その中のひとりに、ルイ・ルワロという新聞記者がいました。
ルワロは、このグループ展をこき下ろし、モネが出展した「印象――日の出」という作品を、「描きかけの壁紙のほうがマシ」と酷評(こくひょう)しました。
そして、
「「印象」か、確かに私もそう思う」
と批判。
加えて、皮肉を込めて、このグループを「印象派」と呼びました。
つまり、「印象派」というのは、もともと彼らの作品に対する嘲(あざけ)りの言葉だったのです。
かくして、世間から理解されずに嘲笑(ちょうしょう)の的となった若い画家たちでしたが、グループ展が3回目を迎える頃には、胸を張って、自ら「印象派」と名乗るようになったといいます。

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