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相撲番付に書かれた「蒙御免」の正体は?

写真は、こちらからお借りしました。
相撲番付を見ると、中央に大きく「蒙御免(こうむるごめん)」と書かれています。
これには、一体どのような意味があるのでしょうか?
「蒙御免」は、寺社奉行の許可を受けた興行であることを表わす言葉
江戸時代の初め頃の相撲は、街角で行なわれる「辻相撲(つじずもう)」などと呼ばれるもので、勝敗をめぐる口論や刃傷沙汰(にんじょうざた)が絶えなかったといいます。
そこで幕府は、プロの相撲集団を自身の管理下に置き、寺社の建設や修復などをするための費用を捻出(ねんしゅつ)する「勧進相撲(かんじんずもう)」として、その興行(こうぎょう)を許可し、運営自体は町人に任せました。
興行主(勧進元)は、相撲を管轄(かんかつ)する寺社奉行(じしゃぶぎょう)に申し出て許可をもらうことで、興行を開くことができました。
現在も、相撲番付(すもうばんづけ)の中央最上部に「蒙御免(こうむるごめん)」の文字が大書(たいしょ)されているのは、寺社奉行の「御免を蒙(こうむ)った」、つまり、「許可を受けた」という、当時の名残なのです。
また、番付表の左下に、「千穐万歳大々叶」とあります。
これは、「せんしゅうばんざいだいだいかのう」と読み、千秋(「秋」という漢字には火が入っているため、縁起を担いで「穐」に変えられた)楽まで、土俵(舞台)の無事と満員御礼(まんいんおんれい)を祈願するという意味です。
「はっけよい、のこったのこった!」

写真はこちらからお借りしました。
なお、土俵といえば、相撲の「付き物」のようなイメージがありますが、その歴史は意外と新しく、相撲の試合で土俵が使われるようになったのは、江戸時代中期の元禄時代です。
しかも、その頃はまだ、そのサイズが正式には決められていませんでした。
ご興味をもたれた方は、「相撲の土俵のサイズは、どのように決まった?」をお読みください。

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カテゴリ:[雑学]