外食店の看板に「赤」が多いのは何故?
飲食店 大坂 道頓堀

街を歩くと、飲食店の看板の多くには、「」い色が使われていることが分かります。
個人経営の店ばかりでなく、大手外食企業が展開する店舗にも、赤、もしくはそれに準じるオレンジ色、黄色などの看板があふれています。

ファーストフードの代表格であるマクドナルドやケンタッキーフライドチキンなども、その例外ではありません。

これは、何故なのでしょうか?

これには、もちろん「目立たせる」という目的もあります。
が、それだけではありません、
他にもうひとつ、赤には重要な、心理的効果があるのです。
それは、「食欲を誘う」効果です。

「ええっと...」「赤って、どんな色だったかニャン?」
度忘れした 猫
写真は、こちらからお借りしました。

赤には、ほかにも「活動を積極的にさせる」「感情を高ぶらせる」などの効果もありますが、赤は、色彩と心理との関係についていえば、食欲ときわめて結びつきの強い色なのです。
雑学 豆知識
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雑学 | Comments(0) |
歩く速さと年収は比例する?
成功への 階段

ドコモ・ヘルスケアが発表した「早歩き率ランキング」によれば、収入が高い人ほど速く歩いているという結果が出たといいます。 

同ランキングによれば、「年収1000万円以上」と答えた人の平均歩行速度は時速3.13キロだったのに対して、日本の平均年収(415万円)を含む「400万~500万円」と答えた人の平均歩行速度は時速2.69キロ。
高所得者は、平均的な年収を得ている人々よりも「早歩き」だったといいます。

また全体的に、年収が上がるにつれて平均歩行速度も上昇しており、両者が比例する傾向がありました。

年収ごとの平均歩行速度

片時もムダにしない姿勢が、成功へとつながっているのでしょうか?
もしかしたら、歩くスピードを上げれば、成功という名のゴールへ到着するまでの時間が短縮されるのかも知れません。

参考にしたサイト
年収が高い人ほど速く歩く? ドコモが『ムーブバンド3』の利用調査で、歩く速度と年収の関連性を報告 | engadget日本版
http://japanese.engadget.com/2016/11/22/3/
バラエティー
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十二支に「猫」が入っていないのは何故?
猫の十二支
猫の 十二支
写真は、こちらからお借りしました。

十二支(じゅうにし)は、古代中国で生まれました。
この十二支は、日本を始めとして、韓国、モンゴル、タイ、ベトナムなどの国々にも伝わっています。

しかしながら、面白いことに、十二支で使われている動物は、国によって少しずつ違っています。

たとえば、中国ではイノシシは豚、タイやベトナムではウサギの代わりに、なんと、が選ばれているのです。

日本の十二支の動物は、神様の呼びかけによる競争がきっかけで選ばれたという伝説があります。

この伝説によれば、この競争を開催する日について、猫がネズミにウソを教えたため、猫はこれに参加できず、十二支に入れてもらえなかった。
そのため、それ以後、猫はネズミを恨(うら)み、追いかけ回しているのだといいます。
語源・由来
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演歌は、もともと演説の歌だった?
「♪あなた~ 変わりは~ ないですか~♪」
演歌を 歌う ネコ
写真は、こちらからお借りしました。

日本人の心や情念などを、こぶしを利かせて歌い上げる「演歌」。
この言葉の語源は、明治時代の自由民権運動(じゆうみんけんうんどう)と関係があるのをご存知ですか?

当時、自由民権の運動家たちは、自由や平等の思想を広めるために、演説を歌に変え、歌ってその思想を説きました。
この「壮士演歌(そうしえんか)」と呼ばれた歌が、「演歌」の元祖なのです。

が、その後は時代の変遷(へんせん)とともに、この「演歌」からは政治色が消えていきます。
そして、酒や海、男女の情愛などをテーマに歌われるようになると、「艶歌(えんか)」と呼ばれるようになりました。

しかし、戦後には、「艶」という漢字が当用漢字に含まれていなかったことから、再び「演歌」に戻ったといわれています。
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「印象派」は、もともと悪口から生まれた言葉だった?
【クロード・モネ】 庭の女たち
【クロード・モネ】  庭の女たち
写真は、こちらからお借りしました。

印象派の画家は、日本人にも大人気ですが、もともとこの「印象派」という名称は、批評家による悪口だったといいます。

1873年(明治6年)のこと、フランスはパリで権威のあったサロン(官設展覧会)に落選したモネ、セザンヌ、ルノワールら約30人の若い画家たちは、サロンに対抗して、翌年の1874年(明治7年)に無審査のグループ展を開きました。

このグループ展にはいろいろな人が訪れましたが、その中のひとりに、ルイ・ルワロという新聞記者がいました。
ルワロは、このグループ展をこき下ろし、モネが出展した「印象――日の出」という作品を、「描きかけの壁紙のほうがマシ」と酷評(こくひょう)しました。

そして、

「「印象」か、確かに私もそう思う」

と批判。
加えて、皮肉を込めて、このグループを「印象派」と呼びました。

つまり、「印象派」というのは、もともと彼らの作品に対する嘲(あざけ)りの言葉だったのです。

かくして、世間から理解されずに嘲笑(ちょうしょう)の的となった若い画家たちでしたが、グループ展が3回目を迎える頃には、胸を張って、自ら「印象派」と名乗るようになったといいます。
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