門松は、何故斜めの切り口なのか?
鏡餅(かがみもち)と並んで、めでたい正月のシンボルである門松(かどまつ)。
この門松が、戦国時代の抗争劇(こうそうげき)を物語っていたのをご存知でしょうか?

門松
門松

門松の松は松平家(のちの徳川)、竹は武田家の象徴で、竹が斜めに切られているのは、宿敵武田家を袈裟切り(けさぎり)にしてやろうという、松平家の心意気を表わしています。

毎年正月になると、竹(武田)を松(松平)が取り囲む門松を作って、今年こそ武田を討とうと、兵士たちを鼓舞(こぶ)したのです。

この門松のおまじない(?)が効いたのか、のちの長篠の合戦で、松平は織田と組んで武田を滅ぼします。
が、松平は武田との戦いで培った闘志を代々まで伝えようと、この門松を徳川の時代となっても飾り続けたのです。

そしてそれが、江戸の町民たちの間にも広まり、今に至っているわけです。

このような歴史的な由来はともかく、もしもこの竹の切り口が斜めではなく水平だったら、このような凛(りん)とした美しさはないように思いますが…。
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雑学 | Comments(2) |
コメント
お、良い話♪
だから武田に縁の地域の角松の竹は横水平に斬られているんです♪
| 2013-07-28 日 15:17:52
Re:お、良い話♪
たったんさん、こんばんは。v-410
コメントありがとうございます。

ええと、煩雑になるため上の記事には書かなかったのですが、門松を飾る習慣は、実は室町時代からあったようです。

もともとの竹の切り方は「水平」でした。

が、徳川家康の時代に、「斜め切り」のものが出てきました。その理由は上に書いた通りです。

それで、現在武田信玄ゆかりの地ではどうなっているかというと、甲府市街を実地調査した方がいまして、それによれば、ななめ切りの家が多かったとのことです。

以下に、そのURLを載せておきますね。

http://tenu.at.webry.info/200412/article_20.html

その方いわく、「地元の歴史を尊びましょう」です。
堂々と敵側の門松を飾っているわけですから、確かにその通りですね。【><】
| 2013-07-30 火 20:48:09
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