13年間父母の仇を探した、しぶとい奴?
武士 あだ討ち

武士の家に生まれたからには、家人が不当に殺された場合は、仇(かたき)を討たなくては家名がすたる。
江戸時代にはこうした価値観がまかり通っていました。

が、この仇討(あだう)ちは、明治6年(1873年)になって、ようやく新政府によって禁止されました。

それでは、それ以後はなかったかといえば、明治13年(1880年)にもおこっています。

発端となった事件は、明治元年(1868年)5月23日、福岡の秋月藩の藩士臼井亘(うすいわたる)とその妻の殺害事件でした。
臼井の遺児六郎は、13年にわたって犯人一瀬直久(いちのせなおひさ)を探し求め、ついに明治13年12月17日に”父母の仇”を討ったのです。

六郎は、すぐに自首しましたが、士族の身分であったため死刑にはならず、終身刑に服したといいます。
珍事件簿
広告

おすすめ記事
こちらの記事もどうぞ
推理小説をそっくりマネた、大掛かりな詐欺事件があった?
銀行員に説得された、情けない銀行強盗?
暗示にかかって死んだ死刑囚?
砂糖泥棒の意外な素顔は?
マッチ棒が決め手で、ついに自白?

広告

珍事件簿 | Comments(0) |
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 
広告

ブログ内検索

INFORMATION

 
 

ランキング

 

アクセスランキング

 

 

カテゴリー
最近のコメント
プロフィール

Super源さんの雑学事典

Super源さん

Author:Super源さん
Birthday:1月3日
東京生まれ。神奈川県在住。
趣味は読書、パソコン、音楽鑑賞。
ネコが大好き。


掲示板

メッセージは、
私書箱まで

ブログ内検索

リンク


 

アーカイブ

広告