鉄砲を日本にもたらしたのは、ポルトガル船ではなかった?
五月人形 日本人形 戦国時代

歴史の教科書に必ず出てくる、1543年(天文12年)の鉄砲伝来。
この鉄砲が、戦国時代の合戦を大きく変えたことは、誰もが知るところでしょう。

さて、この鉄砲伝来は、ポルトガルの商船が、嵐で鹿児島県の種子島(たねがしま)に漂着(ひょうちゃく)したのがきっかけだったと思われがちですが、実際は違うようです。

1606年に、薩摩国大竜寺(だいりゅうじ)の禅僧・南浦分之(なんぽぶんし、1555年 - 1620年)の編纂(へんさん)した「鉄炮記(てっぽうき)」によれば、種子島の西ノ村に、100人ほどの外国人が乗った巨大な船が漂着し、乗っていた五峯(ごほう)という名の中国人と、西ノ村の主宰(しゅさい)である西村織部丞(にしむら おりべのじょう)が、砂の上に漢文を書いて筆談したといいます。

つまり、このとき種子島にやってきたのは中国船で、そこに同乗していたポルトガル人、フランシスコ・ゼイモト(Francisco Zeimot)が手にしていたのが鉄砲だったのです。

「矢でも鉄砲でも持ってこい!」
仰向けの 猫
写真は、こちらからお借りしました。

種子島の島主である種子島時堯(たねがしま ときたか、1528年 -1579年)は、その鉄砲に着目し、種子島在住の刀鍛治(かたなかじ)に命じて複製をつくらせ、火薬の調合法を家臣(かしん)に学ばせたといいます。

そしてこれを機に、鉄砲作りが全国に広まっていったのです。

参考にしたサイト
先日、NHKで火縄銃伝来の地は、種子島ではなかったと?
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/2429248.html?from=rfqa_no
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