太宰治は、芥川賞を選考委員に懇願していた?
太宰治
太宰治
写真は、こちらからお借りしました。

「走れメロス」「人間失格」「斜陽(しゃよう)」「津軽」などの作品で知られる作家の太宰治(だざい おさむ、本名:津島 修治(つしま しゅうじ) 1909年 - 1948年) は、デビュー間もない20代の頃に、芥川賞の選考委員で作家の佐藤春夫に何度も手紙を送っていました。

1936年(昭和11年)1月28日付けの長い手紙には、芥川賞の受賞を、佐藤に懇願(こんがん)する内容が認(したた)められています。

「第二回の芥川賞は、私に下さいますやう(中略)……佐藤さん、私を忘れないで下さい。私を見殺しにしないで下さい」

などと、切迫(せっぱく)した気持ちがつづられていたといいます。

太宰治は、「逆行」で、前年に行なわれた第一回芥川賞の候補となりましたが、落選。
当時、太宰治は腹膜炎(ふくまくえん)の治療に使った鎮痛剤(ちんつうざい)バビナールの中毒に苦しみ、薬代などで借金を重ねていました。

そんな中、文壇(ぶんだん)での名声と賞金500円を切望しての懇願でしたが、結局、芥川賞第二回は受賞者なしで終わります。

その後も、太宰治は芥川賞を受賞することはありませんでしたが、むしろこの敗北感こそが、彼の後年の名作を生み出す原動力になったと考えることもできるでしょう。

参考にしたサイト
太宰治が芥川賞懇願する手紙見つかる | NHK「かぶん」ブログ:NHK
https://www.nhk.or.jp/kabun-blog/700/226725.html
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