味噌樽のフタは、何故円錐形をしている?
味噌樽

昔、千昌夫が「味噌汁の詩※」という曲を歌ってヒットしましたが、千昌夫にいわれるまでもなく、味噌汁はニッポン人にとって欠かせない食料品です。

最近は、パック入りのものを買い求めることが多くなりましたが、かつては味噌屋の店頭に並んだ何種類もの樽に盛られた中から、好みの味噌を量り売りで買ったものです。
味噌屋といえば、近年ではその数がめっきり減り、寂しい限りですが、もちろん今でも、味にこだわる方や健康志向の方などは、ここで買っているに違いありません。

さて、あの味噌樽に乗せられている透明なフタ、あれは何故円錐形をしているのでしょうか?

その理由としては、これだという定説はないようですが、味噌樽を店頭に並べる際に、味噌を山型に盛り上げる必要があったことに由来していると考えられます。
山型に盛り上げれば、客の目につきやすく、また見栄えも良いからです。
さらに、味噌汁の色や麹(こうじ)が入っているかどうかが、目で確かめられます。

その結果、味噌は樽に山盛りにされるようになり、それに合わせたフタとして、収まりの良い円錐形のものが考えられたというわけです。

また、この円錐形が、どことなく富士山を連想させる形で、めでたいという意味もあるようです。

その他、味噌樽は、古い味噌と新しく加えた味噌を混ぜやすいように、樽が上げ底になっているのですが、そのため必然的に山型に盛り上げる形になっているという事情もあるようです。

ちなみに、最近では、きっちりと並べられるように樽の形が四角になってきたため、フタの形も円錐形から四角錐に変わってきているようです。

※「味噌汁の詩(みそしるのうた)」は、1980年04月01日に発売された、千昌夫の33枚目のシングルで、作詞:作曲は中山大三郎。この曲は、日本歌謡曲史上初めて味噌汁をテーマにした楽曲で、当時60万枚の売り上げを記録した。
雑学 豆知識
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ウェットティッシュは、ある赤ん坊用品から生まれた?
ウェットティッシュ

今では、さまざまなメーカーから発売されて、生活必需品のひとつとなっているウェットティッシュ。
あの適度な水分を含んだティッシュは、ちょっと手を拭いたりする際に非常に便利です。

さて、このウェットティッシュ、実は物も容器も、ある赤ん坊用品が元になっているのです。

発売元は、和光堂というメーカー。
ここは、殺菌剤を染み込ませた幼児用の清浄綿を販売していましたが、消費者の母親の中に、これを使って手を拭いている人が多いことを知りました。
そこで、手軽に使えるおしぼりのようなものを作れば売れるだろうと考え、ティーパックなどに使う不織布(ふしょくふ)を材料にしたティッシュ型おしぼりの商品開発に乗り出したのです。

トイレットペーパーの芯を抜いて、内側から引っ張り出すような形のデザインはすぐに決まりましたが、残った問題が取り出し口でした。

そんなある日、開発担当者が何気なく自分の引き出しを開けると、偶然、自社製品である哺乳ビンの乳首が入っていたのです。
これを見た彼は、

「そうだ、この哺乳ビンの乳首のような形のある取り出し口ならばうまくいく!」

と、その解決法がひらめいたのです。

かくして、ウェットティッシュ第一号は「おしぼりウェッティー」の商品名で世に出ることとなりました。
雑学 豆知識
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渦巻き型蚊取り線香は、どうやって作られる?
蚊取り線香

昔は、花火にスイカ、浴衣に縁側の蚊取り線香が夏の風物詩でした。
最近は、クーラにプール、フラッペに電子蚊取り線香ということになるらしいです。

さて、その蚊取り線香ですが、この渦巻きはどうやって作るのでしょうか?

それは、まず抽出機で原料を板状にします。
これを、渦巻き型の刃がついた打抜き機で切り抜くと、2つがセットになったあの形が完成します。
といっても、機械としては簡単なもの。刃型や打ち抜き機に特別な装置が取り付けられているわけではない非常にシンプルなものです。
この機械なら、1分間に約238セットの製造が可能です。

もっとも、1940年(昭和15年)にこの機械ができるまでは、職人さんによる1つ1つの手作り品だったことは言うまでもありません。

ちなみに、渦巻き型の蚊取り線香が登場したのは、1895年(明治28年)のこと。
最大手メーカー・大日本除虫菊の初代夫人が、棒状の物よりも煙が多く、長持ちする形として考案したものです。
雑学 豆知識
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水引き結びに隠された意味とは?
水引き結び

水引き結びの始まりは、推古天皇の時代にまでさかのぼります。
小野妹子が隋の答礼使を伴って帰朝したとき、答礼使が回海路の無事を祈って、紅白に染めた麻紐で結んだ貢物を携えてきたといいます。

水引きは、和紙を細く切って、それを指で縒(よ)って「紙(こ)より」を作り、それに糊水を引いた後乾かして固めたもので、「糊水を引く」ことからその名がつきました。
水引きをかけることは、「自分を正しくして、先様を敬い、これに奉仕する」ことを意味しています。
「心」を「型」で表現しようとするものなので、色や結び方の違いで、その目的もまったく異なるものになります。

たとえば、婚礼・凶事などには、「二度とないように」と「ま結び」にして、両端を結び切りにします。

婚礼を除く吉事一般には、「再びあるように」と「蝶結び」にします。
「ま結び」にしたうえで、その端で「花結び」にすることもあります。
雑学 豆知識
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白目が大きい人は、頭が良い?
鳥類

鳥類や哺乳類は、上下のまぶたの間いっぱいが黒目になっているように見えます。
犬や猫を見てみると、黒目以外はほとんど動かさず、首を動かして物を見ているようです。

一方の人間はといえば、近くの物を見るときは首を動かさずに、眼球だけを動かしています。
頭を動かすよりも、眼球を動かすほうが、はるかにエネルギー消費量が少なくてすむので効率的です。
そして、この眼球の活発な動きが、白目を大きくしたのです。

人間以外の動物で白目の大きいのは、高等なサル類や、類人猿。
ということは、少なくとも、「白目の大きな動物は頭が良い」、ということはいえるでしょう。
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自・営の自動車マークは戦争の産物?
自家用車

車のボディーに「自家用」「営業用」とマークを明示する習慣は、戦時中の昭和15年に始まりました。
当時は、正方形の紙に、営業用なら「営」、自家用なら「自」を円でかこんだマークを、助手席ののフロントガラスに張るという形でした。

よりによって、戦時に何故こんな面倒な取り決めがされたかというと、当時どんどん貴重品化していった国のガソリン節約対策のためでした。

つまり、このマークは正式のルートで所有が認められた車にのみ発行されたものだったので、このマークのついていない車は「ヤミの車」であることが一目瞭然。統制令違反でかんたんに御用にできるので、貴重なガソリンを喰うヤミの車の追放が容易にできたというわけなのです。

が、それではマークをつけていれば安心して走り回れたかというと、そんなわけでもありませんでした。
というのも、「石油の一滴、血の一滴」といわれたご時勢。自家用マークをつけた車で花街などをのんびりと走っていようものなら、「この時局に不謹慎である」と、当局お得意の一喝が飛び、「不急車」ということで没収されてしまったからです。

そのため、「自家用の自は、自粛の自」と皮肉られたということです。
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ワイシャツの裾が、不必要に長いのは何故?
ワイシャツ 裾

ワイシャツの裾(すそ)ですが、ズボンから飛び出さない程度の長さがあれば良いと思うのですが、実際には、かなりの長さがズボンの下に隠れることになります。

何故、ワイシャツの裾は、不必要と思えるほど、こんなに長いのでしょうか?


実はこれには、深いわけがありました。
17世紀頃、ヨーロッパの紳士のパンツの代わりを果たしていたのが、この裾だったのです。

当時は、男女ともに下着をつける習慣はなく、肌に直接シャツを着ていました。
が、やがて女性が馬に乗るようになり、衛生面を気づかって(あるいは股ズレを嫌って?)下着が用いられるようになりました。

そして、男性も右にならえで、取りあえずシャツの裾を長くして、大切なところをガードしたというわけです。

が、全体的に長くしてしまうと、馬に乗るときに裾が鞍(くら)にかかってしまい、邪魔になります。
そこで、両側は切れ込むように短いデザインにしたのです。
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