日本で、裏白のお札が発行されたことがある?
我が国で発行されているお札は、紙幣、印刷とも世界一流で、最もにせ札の作りにくい紙幣だと言われています。透かしはもちろん、お札の表面の印刷にも、にせ札が作れないようなさまざまな工夫が表にも裏にも施されています。

が、その日本で、かつて一度だけ、裏が真っ白なお札が作られたことがあります。
それは、昭和2年3月、時の大蔵大臣片岡直温(かたおか なおはる)の不用意な発言がきっかけとなり、金融恐慌に見舞われたときです。

この恐慌で、市中に流通する紙幣の枚数が不足し、廃棄することになっていたはずの十円札を倉庫から出して使用するという事態となります。
それでも枚数が足りず、大量にお札を印刷することになりましたが、時間もないため、当時の日銀文書局長の発案で、印刷に便利な裏白二百円札を急造することになったのです。

裏白二百円札
写真は、こちらからお借りしました。

このお札は、4月25日から発行されましたが、恐慌が落ち着くとすぐに回収され、わずかの間だけで姿を消しました。
そのため、現在ではマニアの間で非常に人気のあるお札となっているようです。
雑学 豆知識
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体が乾燥しても生き続ける小さな虫がいる?
ドゥジャルダンヤマクマムシの電子顕微鏡写真
クマムシ
写真は、こちらからお借りしました。

自然界の中には、驚くことに体が乾燥しても数十年にわたって生命を失わない生物が存在します。

世界中に広く分布して生息しているクマムシという、体長わずか1mmほどの節足動物は、体の水分がなくなり乾燥してくると、樽のように丸まって動かなくなります。
そして、再び雨などで水分が戻ってくるまで、仮死状態を保っているのです。

クマムシが、仮死状態でどのくらい生きていられるのかはまだ分かっていません。
が、同じような性質をもったある種の線虫が、39年間も乾燥状態でいた後に生き返ったという例や、博物館で120年もの間乾燥状態に置かれていたコケの標本から、クマムシやワムシが再び動き出したという報告もあります。

水をかけると生き返るなんて、まるでカップラーメンのような生き物ですが、これもまた生命の神秘の一つには違いありません。
雑学 豆知識
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金箔入りの食品は、本当に健康に良い?
以前、金箔入り日本酒などというのが出たと思ったら、金箔寿司から金箔うどん、はては金箔をあしらった和菓子まで登場しました。
金箔の飲食は、本当に健康に良いのでしょうか?

金箔
金箔

金の効用として現在分かっているのは、以下の通りです。

1.全身の正常化・健常化を促進する
2.体内のイオンと反応し、病的な電位を正常化する
3.血液中のイオンの流れを促し、血行を良くする
4.人体には無害である

これという決め手はないものの、血行を良くするなら、まあ「健康に良い」といえなくもないわけです。

が、現代医学の立場では、金が体に作用するメカニズムはまだ仮定の域を出ていません。
しかし、体に害がないことは認められていますので、取り敢えずは安心して飲食できます。
それでリッチな気分が味わえるのならば、精神衛生面にも良い影響が出ていいかも知れません。
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紫式部が幻滅した、清少納言の容姿?
紫式部 (土佐光起筆 石山寺蔵)
紫式部
写真は、こちらからお借りしました。

平安時代を代表する才女といえば、まず思い浮かぶのが紫式部(むらさきしきぶ)と清少納言(せいしょうなごん)ですね。
この2人は、ほぼ同じ時代に活躍しているのですが、清少納言のほうが、紫式部よりも7~8歳お姉さんだったと推定されています。

2人はともに時代を代表する才女だったとはいえ、顔を合わせる機会はなかったらしく、紫式部は先輩の清少納言とはどれほどの美女かと、あこがれていました。

ところがある日のこと、紫式部が京都の町で清少納言の家の前を通ると、偶然本人が窓から手を出して簾(すだれ)を巻き上げているところを目撃します。
見ると、その手はシワだらけ。髪もなかば白くなっていたとか。

その夜、紫式部は、

「おみな(女)とは、はやくみまかる(死ぬ)べし」

と日記に書き、ため息をついたのです。

この時の清少納言は40歳を過ぎたころだったといいますから、当時、人がいかに早く老けたかが分かります。平均寿命も27歳ほど。
いくら才女とはいえ、当時はほとんど動かず栄養失調状態で、青白くむくんでいたといいますので、紫式部の嘆きもさもありなんだったというわけです。

参考にしたサイト
昔の女性 - 雑学の世界・補考
http://www.geocities.jp/widetown/japan_den/japan_den073.htm
雑学 豆知識
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鼠小僧の墓前で御用になった万引き男?
お墓

鼠小僧といえば、お金持ちから盗んだお金を貧乏人にバラまいた義賊(ぎぞく)として有名で、現代人にも人気があります。
今日は、その鼠小僧に関連した面白い話があるのでご紹介します。

昭和26年1月29日の深夜、両国、回向院(えこういん)の境内にある小僧のお墓の前で、1人の男がひざまずき、合掌して、何か一心不乱にお祈りをしていました。
なにしろ寒中の、しかも時刻は夜中です。

「丑の刻参り(うしのこくまいり)じゃあるまいし…」

と、巡回中の憲兵が、不審に思ってこの男に事情を聞いたところ、男は神田に住む増田条吉(33歳)という大工で、実は万引きの常習犯でした。

が、万引きも、危ないばかりでその割りには儲け(もうけ)が薄い。
嫌気がさした増田は、窃盗に針路を変更することを決意。
そこでまず、伝説的な名泥棒(?)である鼠小僧にあやかろうと、

「立派な泥棒になれますように!」

と、懸命に祈願していた、と白状しました。

それにしても、その道の先輩に敬意を払うあたりは、どこか愛嬌がありますが、まだ何も盗んでいないうちに捕まってしまうとは、何ともドジな泥棒です。
よぽど素質がなかったのでしょうね。
珍事件簿
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珍事件簿 | Comments(0) |
プードル犬の刈り方は、水鳥猟のための目印だった?
プードル

犬を嫌いな人が挙げる理由のひとつに、プードル種の人工的な毛の刈り方があります。
確かに、現在愛玩犬となり、大小さまざまな体型のプードル犬が街に氾濫し、あの珍妙なスタイルで歩いているのを見ると、の嫌いな人の気持ちも分かるような気がします。

さて、プードル犬のあの毛の刈り方ですが、もともとは意味があったのです。
プードル種は、元来猟犬で、水鳥猟のエキスパートとして育成され、フランスの貴族の間で流行しました。

プードル犬は、湖や沼の中に落ちた獲物の水鳥を取りに行きます。
そのため、冷たい水から体を守るために心臓のあたりの毛を残し、あとは水の抵抗を受けないように刈り込む方法が定着したのです。
また、誰の犬が水の中で獲物に向き合っているのかを見分けるために、尻尾の先を残し、それを目印にしたのです。

今ではすっかり愛玩犬となってしまったプードル犬ですが、あの珍妙なカットを受け継いでいるのは、飼い主が、自分の愛犬を他の犬とは区別したいという名残なのかも知れません。
雑学 豆知識
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大気圏外で、人工衛星などが出す二酸化炭素はどこへ行く?
地球 大気圏

大気圏外で、人工衛星やミサイルなどが出す二酸化炭素(炭酸ガス)は、最後にはどこへ行くのでしょうか?
地球に戻ってくることはあるのでしょうか?

大気圏外で放出されたガスは、地球には戻らず、宇宙空間に広がっていきます。
大気圏は、地上100Kmほどまでで、ここでの気圧は地上の100万分の1程度です。
地上200Kmほどになると、気圧は10億分の1ほどになります。

大気圏では、気体は地球の引力の影響を受けますが、大気圏外は超真空状態ですので、放出されたガスは急激に広がるのです。
また、太陽からの紫外線がとても強いこともあり、二酸化炭素などはすぐに炭素と酸素に分解されてしまいます。
雑学 豆知識
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世界最古の広告は、「奴隷を捕まえてくれ!」?
古代エジプト

今や広告の時代。どこを見ても広告・広告で、広告のない世界は考えられません。

ところで、広告の現物として現在まで残されている最古のものは、エジプトのテーベ王国時代(紀元前16~10世紀ごろ)の都の遺跡から発見された、パピルスで作られたチラシといわれています。

その内容は、

「奴隷が逃げたので捕まえてください。この奴隷は、ヒッタイト人で、身長4フィート5インチ、赤ら顔をしています。捕まえてきてくれた人には、お礼として金環を1個、居場所を教えてくれた人には、その半分を差し上げます。--テーベで一番上手な織物師であるハプー」

というものです。

最後にちゃんと自分のPRをしているところなど、まさに広告と言えそうです。

ちなみに、当時の奴隷は大変高価で、奴隷を使うためには、今のクルマのように政府への登録が必要でした。
そして、この登録したもの(奴隷)が逃げたり、盗難にあった場合には、広告を出して取り戻すことが要請されたそうです。

とは言っても、このチラシは、数多くばらまかれたものではなくて、1枚が掲示板のようなところに貼り出されたと言われています。
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ルイ14世は、華麗に舞うバレリーナだった?
バレエ

バレエの歴史をひもといてみると、始まりであるとされる16世紀末ごろから17世紀の末ごろまでは、日本の歌舞伎のように男性のダンサーだけで上演されていたことが分かります。
そのころのバレエは、今のように簡素化された舞台や衣装ではなく、宮廷でスペクタクルショーのように演じられていました。

また、当時のバレエは、かなり芝居がかったもので、オペラの舞台に舞踏が加えられたような形態でした。
衣装も今のようなシンプルなものではなく、豪華絢爛(ごうかけんらん)の宮廷衣装でした。
女の役は、女装した少年が演じました。

中でも、「朕(ちん)は国家なり」の太陽王ルイ14世は、自分でも踊ったほどの熱心なバレエ賛美者でした。
彼は、王立舞踏学校(王立舞踏アカデミー)を建てて、ダンサーの育成にも力を注ぎました。
実は、ルイ14世の「太陽王」という名前も、バレエの中で太陽の役を演じたことがきっかけです。

1681年に女性舞踊手が現われ、その200年後には男性の方が少なくなります。
その間、衣装や踊りの技術も磨かれ、現在のような形態になりました。
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