えっ! 乾杯は毒殺防止から始まった?
乾杯

シェークスピアの名作「ハムレット」で、ハムレットの義父の王がしかけた毒杯を、ハムレットの実母でもある王妃が、息子の身代わりになって飲み、死んでしまうというシーンがあります。
飲み物に毒をしかけるというのは、長い歴史のある殺人方法だったようです。

宴席に乾杯はつきものですが、誰かの健康のために乾杯するという習慣は、紀元前6世紀のギリシャに始まりました。
ところが、当時のギリシャでは、邪魔な政敵を倒したり、別れたい妻や夫を殺したりするのに、ワインに毒を仕込んだりする毒殺が横行していました。

そこで、「あなたにすすめようとしているこのワインには、毒は入っていませんよ」という意味で、デカンタ(ぶどう酒入れ)から注いだ最初のワインはホスト自らが飲み干して、どうぞご安心くださいと乾杯したのです。
つまり、乾杯は安全を保障するために行なわれたというわけです。

してみると、今でもワインは、まずホストが一口飲んで味を確かめてから他の客に注ぎますが、もしかしたらこれも毒見の名残かも知れませんね。
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合成洗剤は、第一次世界大戦の産物?
合成洗剤

戦争というと、良いイメージがないのが普通ですが、時にはひょんなことから役立つものを生み出したりもしています。
そのひとつが合成洗剤です。

1890年代に合成洗剤ができるまでは、もっぱら石鹸が使われていました。
この石鹸は、紀元前600年にフェニキア人がヤギの脂肪と木の灰を混ぜてつくって以来、常に脂肪が材料でした。

ところが、第一次世界大戦のドイツでは、連合軍の封鎖で天然油脂の供給が絶たれてしまい、軍の輸送機関や兵器の潤滑油が大ピンチとなります。
そこで、石鹸の原料である脂肪をそちらに回したため、ドイツ国内では石鹸が不足してしまいます。
そのため、石鹸の代用として登場したのが合成洗剤なのです。

ところがこの合成洗剤、なかなかの実力者で、従来の石鹸にあった、黄ばみやカスを残すといった欠点を見事にカバー。
何よりもパワフルな洗浄力で、たちま洗剤界のトップにのし上がってしまいました。

さて、このようにして全盛を極めた合成洗剤ですが、近年は環境汚染の悪玉にも上げられています。
汚れも落ちて、環境も壊さない夢の洗剤が早く生まれてほしいところですね。
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「あっという間」の「あっ」は、75分の1秒?
時間

よく、「あっという間の出来事だった」などといわれますが、この「あっ」は、一体どのくらいの長さになるのでしょうか?

ごく短い時間にかかわるものを、ちょっと集めただけでも、この「あっという間」のほか、「一瞬」、「瞬時」、「瞬く間」、「咄嗟(とっさ)」、「束の間」などがありますね。

言葉に目盛りがついているわけではないし、そんなものは計りようがないといわれるかも知れません。
が、同様に短い時間を表わす「刹那(せつな)」ということばに、その鍵がありました。

「刹那」はもともと仏教語で、きわめて短い時間の単位なのです。
仏教書をひもとくと、「百二十刹那が一怚(たん)刹那、六十怚刹那が一蝋縛(ろうばく)、三十蝋縛が一須臾(しゅゆ)、三十須臾が一昼夜」とあります。

そこで、1日24時間をこれに基づいて計算すると、1刹那は75分の1秒となります。

なので、これからは「あっ」という時は、だいたい75分の1秒くらいでいわないといけません、というのは冗談です。
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ハブに噛まれて死んでいた、フーテンの寅さん?
寅さん下町ぶらり散歩

今は亡き渥美清の演じた、国内のみならず海外でも有名となった、 笑いあり、涙ありの下町人情を描いた「男はつらいよ」シリーズ。
日本映画の代名詞とまでいわれるようになったこの作品ですが、もともとはテレビドラマだったことは案外知られていません。

さて、このドラマの最終回で、主人公の寅さんは、ハブに噛まれて死んでしまいます。
テレビ版の「男はつらいよ」は、昭和43年にフジテレビで放送されたのですが、その脚本を担当していたのは、その後ずっと寅さんを撮り続けることになる、映画監督の山田洋次。

最終回の放送直後から、テレビ局に「何故寅さんを殺したのか」という視聴者からの電話が殺到し、これを聞いた山田洋次監督は、「もう寅は自分だけのものではなく、視聴者みんなのものになっていたんだ。私には彼を殺す資格はなかった」と悟ったといいます。
この瞬間、山田監督は、寅さんを再びスクリーンの中に蘇らせることを心に決めたのでしょう。

そして、その翌年の昭和44年から、映画版「男はつらいよ」シリーズがスタートすることになります。
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パトカーの色は、何故白と黒?
パトカー 白と黒

全国どこでも、パトカーの色は白と黒。
ドライバーなら誰でも、自分の車の数台前を白と黒の車が走っているのを見て、ドキッとしたことがあるはずです。

さて、パトカーが本格的に導入されたのは昭和25年のことですが、当時の配色は白と黒ではなく、シルバーグレーでした。
現在の配色になったのはその5年後の昭和30年のことで、昼でも夜でも、また遠くにあっても、他の車より目立ち、特異性が感じられる色ということで、白と黒の2色に決定されました。

また、当時は舗装されていない道路が多く、ピカピカに磨かれた車もあっという間に汚れてしまうような状態でした。
そのため、多少汚れても目立つように、パトカーの下半分を黒に、上半分を白に塗ることになったようです。
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鎌倉の大仏が、もしも立ち上がったら何メートル?
鎌倉の 大仏

古都鎌倉には、全国的に有名な鎌倉の大仏が鎮座(ちんざ)しています。
これは座像なので、座ったままの高さしか分かりませんが、座った高さは11.47メートルです。

さて、それではもしもこの大仏が立ち上がったら、一体どのくらいの高さになるのでしょうか?

鎌倉幕府編纂の『吾妻鏡(あずまかがみ)』に、「金銅(こんどう)八丈の大仏、鋳造を始む」と記されています。
これは、立像としての高さですが、1丈は約3メートルなので、答えは、約24メートルとなります。

ちなみに、当初立像であった大仏が、何故座像になってしまったのか、その理由は定かではありません。
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日本人は、4世紀にはかき氷を食べていた?
かき氷

7、8月の暑さは、かき氷への郷愁をそそりますね。
かき氷は、日本人にとって、夏の風物詩といっていいと思います。
さて、このかき氷ですが、一体いつ頃からあるのでしょうか?

かき氷の歴史は意外と古く、既に仁徳天皇の時代にあったことを、能楽の『氷室(ひむろ)』や『日本書紀』は伝えています。

江戸時代になると、江戸城の年中行事の中に、旧暦6月1日(新暦7月中旬)は「富士氷室御祝」というものがあり、夏のうだるような暑さを払うために、富士山中の氷室から氷を取り寄せ、天上人(てんじょうびと)が召し上がりました。

もちろん、この氷が一般庶民の口に入ることはありませんでしたが、その代用品として、水で冷やした白玉(しらたま)を食べ、暑気を払ったということです。

ちなみに、この氷の保存法は、冬の間に凍った湖などから良質の氷を切り出し、洞窟に入れてむしろをかけて保存するという、きわめて初歩的なものだったようです。
このことから、当時の人々にとって、かき氷が現在の私たちには想像もつかないほど貴重なものであったことが分かります。

参考にしたサイト
氷の日 - 氷の基礎知識
http://koori.umai7.com/200/
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結婚式の祝膳に、よくハマグリが出るのは何故?
和式の結婚式の祝膳には、必ずといっていいほど「蛤吸(はますい)」、つまりハマグリの吸い物がつきますが、これは何故ハマグリなのでしょうか?

披露宴

ハマグリは、遠浅の海に生息する二枚貝で、その形がクリに似ているところから、「浜の栗」といわれ、それが縮まって「ハマグリ」と呼ばれるようになりました。

このハマグリの2枚の殻は、どんなにたくさん集めてみても、元の一対でなければ絶対に合いません。
それが一夫一婦のあるべき姿だということで、結婚式の膳に並ぶようになりました。

また、江戸時代、8代将軍吉宗が、婚礼に必ずハマグリの吸い物を用いるべしと定めた、という説があります。
それは、日本中の神様が出雲に集まって、1年分の縁結びをする陰暦10月に古くから婚礼が多く、その時期がハマグリの旬なので、貧富の差なく用いることができるという理由からです。

ちなみに、蛤吸のハマグリ、新郎は実を食べてもいいのですが、新婦は食べてはいけないというのがしきたりとなっています。
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日本最初の水道の蛇口は、ライオンだった?
『掃部山(かもんやま)公園』の水飲み場にあるライオン蛇口
掃部山(かもんやま)公園 ライオン 蛇口

蛇口をひねれば、水が出るのは今や当たり前のことですが、日本の水道は、できてからやっと100年ちょっとが経過したに過ぎません。

ところで、水道の蛇口は、何故「蛇」なのでしょうか?

1887年、国産の地下水道第1号が横浜に開設されました。開設当初は、まだ各家庭には水道管は来てはおらず、人々は道路の端に設けられた共用栓から水の供給を受けていました。
この共用栓は、イギリスからの輸入品だっただめ、ヨーロッパの水の守護神であるライオンのレリーフが施されていました。
それが、国産化されていくに従い、東洋の水の守護神である龍の形に変わっていきました。

横浜開港資料館に設置されている「獅子頭共同栓」
横浜開港資料館 獅子頭共同栓
上記2枚の写真は、こちらかお借りしました。

龍は、蛇とも呼ばれていたところから、いつの間にか「蛇口」と呼ばれるようになりました。
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