電気を盗んでも罪にならない?
電気 動物 スイッチ

電気が普及し始めた明治34年のこと。
当時、いくつも創設された電灯会社のひとつが、ある契約者を窃盗罪(せっとうざい)で訴えました。
この契約者は、1灯分の契約しかその電灯会社と結んでいないのに、何灯もの電灯を無断で使用していたのです。

裁判所は、このような事件は初めてだと、頭を悩ませました。
そして半年間にわたって審議(しんぎ)したあと、有罪の判決を下しました。

が、被告はすぐさま控訴(こうそ)。
その言い分は、

「電気は電灯を明るくするけれど、それ自体は形も重さもなく、見ることもできない。したがって実体ではない。実体でないものを盗むことはできず、刑法(当時の)の規定による窃盗罪は成立しない」

というものでした。

裁判所は、東京大学の電気の専門家に、電気についての鑑定を依頼するなど、手を尽くして調べた結果、

「電気は窃盗の対象とならないため無罪」

と、一審判決をくつがえしてしまいました。

この判決を聞いて、おさまらないのは、電気を売ることで経営を成り立たせようとしていた電灯会社。
死活問題とばかりに、今の最高裁にあたる大審院(だいしんいん)に上告しました。
すると、ここでは、

「電流は有体物(ゆうたいぶつ)ではないが、五感などによって存在を認識することができ、管理することができる」

という理由で、被告を有罪としました。

ちなみに、当時の電灯料金は10燭光(しょっこう、=20ワットくらい)の終夜灯で、1ヶ月1円70銭だったそうです。
米1升が8銭くらいで買えた時代ですので、電灯はかなりのぜいたく品だったことが分かります。
珍事件簿
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ムショ志願を果たせなかった男?
かかし

鹿児島県枕崎署に自首してきた男は、女性の下着を持っていました。
聞けば、下着泥棒を働いたというのです。

彼によれば、

「盗んだ下着を身につけて女装の楽しみに耽(ふけ)っていましたが、やはり悪いことだと思い……」

云々。

さらに、警官が問いただすと、その下着は、

「田んぼに立っていた女子(おなご)から身ぐるみはがした」

とのこと。

下着ドロボーのうえに、痴漢、追いはぎです。

驚いたおまわりさんが、男を伴って現場に駆けつけたところ、なんとそこには、ハダカのかかしが寒そうに立っていました。

それにしても、この身ぐるみはがされたかかしは、女性の下着までもきちんとつけていたことになります。
いつから下着をつけるかかしが登場したのでしょうか?
それとも、この男は無性(むしょう)にムショに入りたくて、このような話をでっち上げたのでしょうか?

謎の多い事件ですが、ただひとつ分かっているのは、男の刑務所行きは果たせなかったということです。
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新婚生活をフイにしちゃった空き巣?
泥棒 空き巣

男たるもの、女房、子供を食べさせるようになって一人前といわれます。
が、中には盗みで生計を立てようとした矢先に捕まってしまったという、ドジなドロボーもいます。

埼玉県春日部市(さいたまけんかすかべし)出身のD(31歳)は、結婚してまだ10日だというのに、千葉県柏署に捕まってしまいました。

捕まった理由は窃盗未遂(せっとうみすい)でしたが、Dの取調べにあたったベテラン刑事が、

「一緒になった女房を困らせるんじゃない」

と説得すると、ボソボソと自供(じきょう)を開始。
半年間で110件、金額にしておよそ1200万円の空き巣を働いていることが分かりました。

つまりDは、結婚するかなり前から空き巣をやっていたわけで、腕に自信がついたから結婚を決意したのではないか、とも考えられます。
半年間で1200万円ということは、年収なら2400万円になるわけですから!

Dは、

「もう1度、女房と出直すためにしゃべります!」

といって自供を始めたそうですが、女性は結婚するときは相手の年収だけでなく、職業をよく調べてからにした方がよさそうです。
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盗品を自慢してお縄になったコレクター?
ウスバキチョウ
ウスバキチョウ
写真は、こちらからお借りしました。

コレクターにとっては、禁止事項などなんのその。
珍しいものが手に入るならば、平気で罪を犯してしまうものなのかも知れません。

鳥取県に住むA(42歳)は、蝶のコレクター。
コレクターとしては、そこらへんにいる蝶よりも、なかなか手に入らない珍しいものの方が欲しいに決まっています。

そこで、彼が手を出したのは、北海道の大雪山(たいせつざん、だいせつざん)に棲息(せいそく)するウスバキチョウ、アサヒヒョウモン、ネダイセツタカネヒカゲの3種。
これらはいずれも天然記念物に指定されているもので、Aはナイショで採ってくると、1人悦(えつ)に入っていました。

が、人間これだけの珍品(ちんぴん)を手に入れると、人に自慢したくなるもの。
Aは、東京のホテルで開かれた昆虫即売会に、これらの蝶を持参して、仲間たちに、

「どうだい!」

と見せびらかしたのでした。

単なる売買目的でなら罪に問われないものを、Aは大雪山での採取談を自慢げに話してしまったために、文化財保護法違反で逮捕されてしまいました。

--珍品はなかなか手に入らない、入れば自慢して逮捕される--

この矛盾(むじゅん)は、コレクターの性(さが)なのかも知れません。

しかし彼は、自慢の蝶の入手法について、大雪山で採ったものだけに、もっと大雪(大切)に扱うべきでした 。【><】
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被害額の違いに立腹し、自首した泥棒がいた?
泥棒 空き巣

この不況下、「振り込め詐欺(オレオレ詐欺)」や窃盗事件の報道を見聞きするたびに被害金額の大きさに思いをやり、「あるところにはあるものだな」などと妙に感心している方も少なくないでしょう。

最近でこそ、キャッシュレス時代とかいって、現金は手元におかない主義、なんていえば納得してもらえるようになりましたが、昭和23年当時では、現金が手元にないイコールお金がないというイメージでした。

本当は、奪われたお金は1200円だった(それでも、当時としては大金)のですが、たったそれっぽっちしかお金がなかったの、などといわれたくありません。
そこで被害者は、「被害額は3000円だった」と、偽りの届けを出してしまったのです。

この気持ち、ちょっと分かるような気がしますが、腹がおさまらないのは、当のドロボー。
新聞報道によれば、自分は3000円も盗みを働いたことになります。
どう考えても、納得がいきません。

ドロボーは、ついに自首を決意。
警察の取調室で、盗んだ金額を正確に述べて、この見栄っ張りな被害者に報復(ほうふく)したといいます。

被害者の何気ないウソの”申告”が、このドロボーにとっては”深刻”なことだったのですね。【><】
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「所得申告」した律儀な泥棒?
泥棒

住所を定めず、地下に潜伏(せんぷく)し、世の中に組み込まれること極端に嫌う――これが、一般的な”ドロボー像”と思われます。

しかしながら、平成2年9月に、東京・田無(たなし)署に逮捕されたA(33歳)の場合は、およそ泥棒らしくありませんでした。

大手警備保障会社の社員を装(よそお)って、盗んだお金を堅実(けんじつ)に貯金。
ここまでは、まだ理解できるとして、さらに、しっかりと住民登録。
そして、なんと、”所得”約200万円を確定申告していたのです!

Aが、このような普通人の生活を目指すようになったきっかけは、以前関西にいたときに、窃盗罪(せっとうざい)で捕まったことでした。
彼はこのとき、

「絶対に捕まらないドロボーになってやる!」

と、固く決意したのでした。

そして、彼の思惑(おもわく)は功を奏します。
入居していたアパートの管理人に、

「彼は模範的な人」

といわしめ、真下の部屋に別のドロボーが入ったときも、疑われずじまいでした。

Aは、夕方になると、家路を急ぐ会社員に紛(まぎ)れて、自分も背広姿で”仕事”に出かけます。
このようにして、約300件、5000万円の盗みを働き、貯金もいつしか2000万円に達していました。

ところが、そんなAを、神様はちゃんと見ていました。
ほかのドロボーが、盗品を質入れする際、ニセの住所としてAが住むアパートのすぐ近くを書いていたため、前科のあるAが容疑者として目をつけられてしまいます。
そしてついに、”仕事中”に御用となってしまったのです。

いよいよ、ドロボーも確定申告をする時代が来たか、という感じですね。
が、職業欄には、一体何と書くのでしょう?
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「コインの表が出たから、君は死刑じゃ!」
コイン投げ
写真は、こちらからお借りしました。

コインを投げて、表が出たら死刑、裏が出たら無罪。
もし本当に、こんな裁判があったとしたら……?

世界史をひもとけば、古代社会では多くの国で、このような偶然に基づいた裁判が行なわれていたことが分かります。

東南アジアには、草の根をばらまき、それが裏か表かで正邪を決める民族がありました。
紀元前20世紀頃につくられたとされるハムラビ法典にも、同じく偶然に左右される5種の審判法(しんぱんほう)の記述があります。

それにしても何故、このような裁判が行なわれたのでしょうか?

その理由は、往時の人々は、偶然の結果を「神の心」と考えていたからなのです。

が、このように説明されても、現代に生きる私たちには、どうもピンときません。
偶然と神の心とは、どうもつながりませんね。

それはつまり、こういうことなのです。

「罪があるのかないのかは、神のみが決めることである」

当時は、人間が人間を裁くことなど、考えられない時代だったのです。
そして、その結果考え出されたのが、このギャンブルのような裁判だったというわけです。

それにしても、古代社会に生まれなかった私たちは幸せです。
だって、コイン1枚の偶然に命をかけるなんて、とてもそんな勇気はありませんから…。


【コインって?】
コインって?
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人心を、思いのままに操る術がある?
催眠術 誘導

今でこそ”証拠物件”がなければ有罪を確定することはできませんが、かつては、自白だけで人間を死刑に追いやることができました。

やってもいない犯罪を”自白”させる方法は、ただひとつです。
相手の心を思うままに操り、誘導尋問(ゆうどうじんもん)にひっかけていくことです。

この手法は、催眠術(さいみんじゅつ)に似ていなくもありません。
精神医学によれば、1人の人間を、骨抜きのロボットにしてしまうのは、環境を劣悪(れつあく)にすることで、いかようにもできるもののようです。

かつて、朝鮮戦争で中国軍の捕虜(ほりょ)になった米軍兵士が、筋金入りの共産主義者となって帰国したことがありました。
この兵士を調べた精神学者たちによれば、彼は深夜に尋問を受け、心身ともにストレスがたまりにたまった状態で閉じこめられ、さらに仲間とも引き離されたということです。

こうなると、自分の意志や判断力はなくなり、尋問者に対して、みるみる従順(じゅうじゅん)になっていきます。
かくして、仲間を求める孤独な心は共産主義へとまっしぐら――というわけです。

映画「帝銀事件」などでは、密室の中で延々と尋問を受ける容疑者の姿が出てきます。
睡眠不足や疲れがたまり、自分では何も考えられなくなったところで、誘導尋問が始まります。
そしてやがて、警察がでっちあげた、設定通りの自白が始まるのです。
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婦警さんとスリの深い深い絆とは?
スリ

警察の取調べ室にも、人情の花が咲くことがあります。

これは、福岡県で実際に起こった話です。
あるとき、スリの容疑でつかまった51歳の女性が、取り調べを受けていました。
担当刑事は若い婦警でしたが、スリの女性は、頑(がん)として自供を否定し続けています。

そこで、婦警は作戦を変えました。
根気よく、まずはこの口を割らないスリの女性と会話をもつことに努めたのです。
この作戦は功(こう)を奏(そう)し、世間話から始め、身の上話へと話が進むうちに、スリ女性の頑(かたく)なな態度は、次第にほぐれていきました。

やがて、その会話の中で、スリ女性には婦警と同じ年頃の娘がいることが判明。
以後、2人はお互いにお互いを他人とは思えなくなっていき、心が通い合うようになりました。

そしてついに、スリ女性は、これまで自分がしてきた数々のスリ暦をすべて自供し、婦警も、母をいたわるように、その自供のひとつひとつを聴取したといいます。
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レースの盲点をついた、八百長競輪の手口とは?
競輪

競輪、競馬などの八百長(やおちょう)の手口というと、本命に手抜きをさせて人気薄に勝たせたり(消え”といいます)、あるいは、実力があるのにわざと人気を落としておいて、試合では勝つ(やり”といいます)などといったやり方がポピュラーです。

これらはいずれも、結果としては大穴を出してひと儲けしようという手口ですが、かつて関西・中部の競輪場で起こった”G会事件”は、八百長の天才が考え出したといわれるほど巧妙(こうみょう)なものでした。

何故なら、この手口は本命-対抗をそのままゴールに入線させるというものだったからです。
人気のない選手がトップ奪おうとすると、その選手をはさんで妨害(ぼうがい)するサンドイッチ戦法などを駆使(くし)して、人気どおりにレースを仕込むのです。

レースが本命-対抗どおりに決まれば、誰も八百長とは思いません。
これはまさにレースの盲点というわけで、発覚が遅れたのも無理はありません。
この八百長を仕組んだ暴力団は、もちろん本命の馬券を大量に買って大もうけしていたといいます。
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同時に6人の女性と結婚した男のたぶらかし方とは?
重婚 結婚

日本はいうまでもなく、たいていの国では一夫一婦制(いっぷいっぷせい)となっています。
フェミニズムの国アメリカも、もちろんそうです。
が、かつてそのアメリカで、ひとりの男が重婚罪(じゅうこんざい)で逮捕されました。

その男の名はマイケル・スチュワート。
彼は、1960年の春に1度目の結婚をしますが、離婚もせずに、1972年4月、1978年4月、1978年10月、1981年4月、1982年4月と、なんと、都合6回も結婚していたのです。

6人の妻たちは、彼に別の妻がいることなどまったく知らなかったといいますが、これにはふたつの理由がありました。

ひとつは、マイケルはそれぞれ別の州で結婚していたこと。
もうひとつは、彼の職業が長距離トラックの運転手だったことです。
州が違えば、どうしてもチェックが甘くなりますし、それにくわえて、長距離トラックの運転手という職業柄、長期にわたって家を空けても、別に不自然ではないからです。

もちろん、仕事だといっては、別の妻のところに行って生活することも簡単にできたというわけです。

ひとりの妻でももてあまし気味の亭主たちにとっては、6人の妻と聞いただけでゾッとすることでしょうが、ちなみにこのマイケルは、「チビ、デブ、ハゲ」の三重苦だったといいます。
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労多くして報われない、”おつり詐欺”の手口とは?
おつり

昭和57年1月、大阪は守口市の喫茶店に、1人の男が現れました。
男いわく、

「2、3日前にコーヒーを飲んだんだけど、1万円札を渡して、もらったおつりが1000円足りなかった」

お店の側としては、この男の言い分を頭から疑うわけにもいかず、1000円を渡しました。

これに味をしめた男は、本屋で、

「週刊誌を買ったんだけど…」

次は、薬屋に行き、

「絆創膏(ばんそうこう)を買ったんだが、…」

というように、酒屋、タバコ屋…、と大阪周辺の町の小売店を、80軒も行脚(あんぎゃ)することになりました。

しかし、そのわりには、売り上げ総額は、1000円×80軒=8万円とわずかでした。
中には、証拠としてレシートをもらうために実際の買い物をしたケースがあったと想像されるため、実入りとなると、おそらくもっと少ないはずです。

もちろん、この男は立派な詐欺罪で逮捕されましたが、警察官に、

「みみっちいことをして、バツが悪い」

と、首をすくめていたといいます。
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「石狩沼田幌新事件」とは?
ヒグマ

「石狩沼田幌新事件(いしかりぬまたほろしんじけん)」とは、大正12年(1923年)8月21日の深夜から8月24日にかけて、北海道雨竜郡沼田町(うりゅうぐんぬまたちょう)の幌新(ほろしん)地区で発生した獣害(じゅうがい)事件のことです。
ヒグマが開拓民の一家や駆除(くじょ)に出向いた猟師を襲い、4名が死亡、3名の重傷者を出しました。
この事件は、獣害事件として記録されたものとしては、日本史上2番目に大きなものとなります(1位は三毛別(さんけべつ)羆事件)。

大正12年8月21日、沼田町内の恵比島地区で、太子講(たいしこう、=聖徳太子を奉讃する講)の祭りが開催されました。
余興で上演される浪花節や人情芝居を目当てに、近隣の村落から多くの人々が詰め掛けました。

村民を熱狂させた祭りも午後11時半頃にはお開きとなり、祭りに参加していたその一団も、夜の山道を家路へと急いでいました。

一行が幌新本通りの沢に差し掛かった頃、小用のため50mほど遅れて歩いていた林謙三郎(19)が、突然現れた巨大なヒグマに背後から襲われました。
が、まだ若い彼は死力を尽くして暴れ、帯や着物を裂かれながらも何とか逃れることに成功。
前方を歩く一団に、このヒグマの存在を知らせました。

一方、先回りしたヒグマは、一団の先頭部を歩いていた村田幸次郎(15)を撲殺(ぼくさつ)。
その兄・由郎(18)に重傷を負わせると、彼を生きたまま土中に埋め、その遺体を腹部から食べ始めました。

パニックに陥った一団は、そこから300mほど離れた木造平屋建ての農家・持地乙松宅に逃げ込みます。
屋根裏や押入れの中に身を隠し、囲炉裏(いろり)にシラカバの樹皮を大量にくべて火を強めるなど、ヒグマに立ち向かう手はずを整えます。

やがて30分ほど経過した頃、件のヒグマが現われ、屋内に侵入。
ヒグマは囲炉裏で盛んに燃え上がる火を見ても恐れることもなく踏み消し、部屋の隅で恐怖に震えていた村田兄弟の母親・ウメ(56)を咥(くわ)え上げると、そのまま家を出ていこうとします。
夫・三太郎(54)は、半狂乱になってヒグマをスコップで打ち据えますが、その抵抗も虚しく、ヒグマは向かいの山中へと恐怖に叫ぶウメを引きずっていってしまいました。

妻子を奪われた三太郎はじめ避難民らは、心身ともに苦痛に苛(さいな)まれ、焦燥感(しょうそうかん)に駆られるばかりでした。
しかしながら、何の武器をも持たない彼らには、屋内に閉じこもってわが身を守る以外に打つ手はありません。

そして、むなしい思いの中で夜が明け、翌22日の朝がきたところで、事情を知らない村民が持地宅のそばを偶然通りかかりました。
屋内の一団は大声で助けを求め、既にヒグマが去ったことを確認すると、戸外へ転がり出ました。

近隣の藪の中で、ウメの遺体と土中に埋められた由郎が発見され、まだ息のあった由郎は、ただちに沼田市街の病院に送られましたが、結局病院で死亡しました。

2日後の24日に、在郷軍人、消防団、青年団など総勢300人あまりの応援部隊が幌新地区に到着。
さらに、幌新、恵比島の集落民のうち60歳未満の男子が残らず出動。
村始まって以来のヒグマ討伐隊(とうばつたい)が結成されました。
そして、死傷者を出すひと悶着があった末、ついに、ヒグマは鉄砲隊の一斉射撃により討ち取られました。


現在の沼田町は、北海道でも有数の米どころですが、開拓以前は面積の8割を原生林に覆われており、まさにヒグマの天地でした。
この環境の中で、開拓民とヒグマの接触事故は頻繁(ひんぱん)に発生し、「開拓小屋にクマが侵入し、収穫したてのトウキビ(トウモロコシ)を食われた」「収穫間近のトウキビを一晩で一反(10アール)分食われた」などの逸話(いつわ)には事欠きません。

昭和30年代になっても、共成、東予、更新、真布、さらに幌新など、町内各所にヒグマが出没し、農作物や家畜に被害を与えています。


ちなみに、この沼田町の町名は、町開拓の功労者沼田喜三郎の姓にちなんでつけられたものです。
また、恵比島駅付近は、NHKの朝の連続テレビ小説「すずらん」のロケ地として使われたことがあります。

参考にしたサイト
石狩沼田幌新事件 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/石狩沼田幌新事件
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脱獄した囚人が、裁判官になったことがある?
裁判官 ハンマー

明治時代の話。脱獄したあとに裁判官に登りつめた人物がいます。
その名は、渡辺魁(わたなべ かい)。

渡辺魁は、ある商社の資金を着服した疑いで、無期懲役に服していましたが、看守の目を盗んで脱獄に成功します。
その後、しばらく潜伏していましたが、辻村庫太と名前を変えて裁判所の職員となり、出世の階段を上っていきます。

そして、逮捕から10年後の1890年(明治23年)には、ついに判事に昇任。
つまり、裁かれる人間から裁く人間になったのです。

が、あるとき脱獄犯と瓜二つだという噂が立ち、隠し通せずに再逮捕されることになります。


ちなみに、この話しは、事件後に格好のネタとして新聞、雑誌に取り上げられたほか、「強盗判事辻村庫太」といった芝居や講談が各地で行なわれたということです。
戦後の作品で、渡邊魁を題材としたものとしては、早乙女貢の小説「鬼の骨」があります。

参考にしたサイト
渡邊魁-weblio辞書
http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E6%B8%A1%E9%82%8A%E9%AD%81_%E6%B8%A1%E9%82%8A%E9%AD%81%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81
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家計簿を見てから盗む気配り泥棒?
家計簿

日本人が発展途上国で生活する場合、一番困るのは、使用人にお金や宝石を盗まれることだそうです。
彼らは、貧乏人が金持ちからお金を盗んでも罪とは考えないらしいので、罪の意識はまったくないのです。
そのため、とにかく家中の引き出しに鍵をかけて防止するのだそうです。

この事件の犯人も、きっと発展途上国の泥棒だったのかも知れません。
彼は、盗みに入ると、真っ先に家計簿を探し、その家の家計の程度を調べます。
そして、多少とも余裕の感じられる家庭でなくては、いっさい盗みを働かなかったのです。たとえ、リッチな家庭であっても、給食費や治療費、光熱費などには絶対に手をつけませんでした。

その代わり、お金がうなっているような家からは、遠慮なくありったけの現金や金目のものをいただいていました。

ちなみに、彼の1日あたりのノルマは10万円。週休2日、週に5日働いたとして月収200万円。
ちょっとうらやましい気もします。
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