「コインの表が出たから、君は死刑じゃ!」
コイン投げ
写真は、こちらからお借りしました。

コインを投げて、表が出たら死刑、裏が出たら無罪。
もし本当に、こんな裁判があったとしたら……?

世界史をひもとけば、古代社会では多くの国で、このような偶然に基づいた裁判が行なわれていたことが分かります。

東南アジアには、草の根をばらまき、それが裏か表かで正邪を決める民族がありました。
紀元前20世紀頃につくられたとされるハムラビ法典にも、同じく偶然に左右される5種の審判法(しんぱんほう)の記述があります。

それにしても何故、このような裁判が行なわれたのでしょうか?

その理由は、往時の人々は、偶然の結果を「神の心」と考えていたからなのです。

が、このように説明されても、現代に生きる私たちには、どうもピンときません。
偶然と神の心とは、どうもつながりませんね。

それはつまり、こういうことなのです。

「罪があるのかないのかは、神のみが決めることである」

当時は、人間が人間を裁くことなど、考えられない時代だったのです。
そして、その結果考え出されたのが、このギャンブルのような裁判だったというわけです。

それにしても、古代社会に生まれなかった私たちは幸せです。
だって、コイン1枚の偶然に命をかけるなんて、とてもそんな勇気はありませんから…。


【コインって?】
コインって?
珍事件簿
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人心を、思いのままに操る術がある?
催眠術 誘導

今でこそ”証拠物件”がなければ有罪を確定することはできませんが、かつては、自白だけで人間を死刑に追いやることができました。

やってもいない犯罪を”自白”させる方法は、ただひとつです。
相手の心を思うままに操り、誘導尋問(ゆうどうじんもん)にひっかけていくことです。

この手法は、催眠術(さいみんじゅつ)に似ていなくもありません。
精神医学によれば、1人の人間を、骨抜きのロボットにしてしまうのは、環境を劣悪(れつあく)にすることで、いかようにもできるもののようです。

かつて、朝鮮戦争で中国軍の捕虜(ほりょ)になった米軍兵士が、筋金入りの共産主義者となって帰国したことがありました。
この兵士を調べた精神学者たちによれば、彼は深夜に尋問を受け、心身ともにストレスがたまりにたまった状態で閉じこめられ、さらに仲間とも引き離されたということです。

こうなると、自分の意志や判断力はなくなり、尋問者に対して、みるみる従順(じゅうじゅん)になっていきます。
かくして、仲間を求める孤独な心は共産主義へとまっしぐら――というわけです。

映画「帝銀事件」などでは、密室の中で延々と尋問を受ける容疑者の姿が出てきます。
睡眠不足や疲れがたまり、自分では何も考えられなくなったところで、誘導尋問が始まります。
そしてやがて、警察がでっちあげた、設定通りの自白が始まるのです。
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婦警さんとスリの深い深い絆とは?
スリ

警察の取調べ室にも、人情の花が咲くことがあります。

これは、福岡県で実際に起こった話です。
あるとき、スリの容疑でつかまった51歳の女性が、取り調べを受けていました。
担当刑事は若い婦警でしたが、スリの女性は、頑(がん)として自供を否定し続けています。

そこで、婦警は作戦を変えました。
根気よく、まずはこの口を割らないスリの女性と会話をもつことに努めたのです。
この作戦は功(こう)を奏(そう)し、世間話から始め、身の上話へと話が進むうちに、スリ女性の頑(かたく)なな態度は、次第にほぐれていきました。

やがて、その会話の中で、スリ女性には婦警と同じ年頃の娘がいることが判明。
以後、2人はお互いにお互いを他人とは思えなくなっていき、心が通い合うようになりました。

そしてついに、スリ女性は、これまで自分がしてきた数々のスリ暦をすべて自供し、婦警も、母をいたわるように、その自供のひとつひとつを聴取したといいます。
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レースの盲点をついた、八百長競輪の手口とは?
競輪

競輪、競馬などの八百長(やおちょう)の手口というと、本命に手抜きをさせて人気薄に勝たせたり(消え”といいます)、あるいは、実力があるのにわざと人気を落としておいて、試合では勝つ(やり”といいます)などといったやり方がポピュラーです。

これらはいずれも、結果としては大穴を出してひと儲けしようという手口ですが、かつて関西・中部の競輪場で起こった”G会事件”は、八百長の天才が考え出したといわれるほど巧妙(こうみょう)なものでした。

何故なら、この手口は本命-対抗をそのままゴールに入線させるというものだったからです。
人気のない選手がトップ奪おうとすると、その選手をはさんで妨害(ぼうがい)するサンドイッチ戦法などを駆使(くし)して、人気どおりにレースを仕込むのです。

レースが本命-対抗どおりに決まれば、誰も八百長とは思いません。
これはまさにレースの盲点というわけで、発覚が遅れたのも無理はありません。
この八百長を仕組んだ暴力団は、もちろん本命の馬券を大量に買って大もうけしていたといいます。
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同時に6人の女性と結婚した男のたぶらかし方とは?
重婚 結婚

日本はいうまでもなく、たいていの国では一夫一婦制(いっぷいっぷせい)となっています。
フェミニズムの国アメリカも、もちろんそうです。
が、かつてそのアメリカで、ひとりの男が重婚罪(じゅうこんざい)で逮捕されました。

その男の名はマイケル・スチュワート。
彼は、1960年の春に1度目の結婚をしますが、離婚もせずに、1972年4月、1978年4月、1978年10月、1981年4月、1982年4月と、なんと、都合6回も結婚していたのです。

6人の妻たちは、彼に別の妻がいることなどまったく知らなかったといいますが、これにはふたつの理由がありました。

ひとつは、マイケルはそれぞれ別の州で結婚していたこと。
もうひとつは、彼の職業が長距離トラックの運転手だったことです。
州が違えば、どうしてもチェックが甘くなりますし、それにくわえて、長距離トラックの運転手という職業柄、長期にわたって家を空けても、別に不自然ではないからです。

もちろん、仕事だといっては、別の妻のところに行って生活することも簡単にできたというわけです。

ひとりの妻でももてあまし気味の亭主たちにとっては、6人の妻と聞いただけでゾッとすることでしょうが、ちなみにこのマイケルは、「チビ、デブ、ハゲ」の三重苦だったといいます。
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労多くして報われない、”おつり詐欺”の手口とは?
おつり

昭和57年1月、大阪は守口市の喫茶店に、1人の男が現れました。
男いわく、

「2、3日前にコーヒーを飲んだんだけど、1万円札を渡して、もらったおつりが1000円足りなかった」

お店の側としては、この男の言い分を頭から疑うわけにもいかず、1000円を渡しました。

これに味をしめた男は、本屋で、

「週刊誌を買ったんだけど…」

次は、薬屋に行き、

「絆創膏(ばんそうこう)を買ったんだが、…」

というように、酒屋、タバコ屋…、と大阪周辺の町の小売店を、80軒も行脚(あんぎゃ)することになりました。

しかし、そのわりには、売り上げ総額は、1000円×80軒=8万円とわずかでした。
中には、証拠としてレシートをもらうために実際の買い物をしたケースがあったと想像されるため、実入りとなると、おそらくもっと少ないはずです。

もちろん、この男は立派な詐欺罪で逮捕されましたが、警察官に、

「みみっちいことをして、バツが悪い」

と、首をすくめていたといいます。
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「石狩沼田幌新事件」とは?
ヒグマ

「石狩沼田幌新事件(いしかりぬまたほろしんじけん)」とは、大正12年(1923年)8月21日の深夜から8月24日にかけて、北海道雨竜郡沼田町(うりゅうぐんぬまたちょう)の幌新(ほろしん)地区で発生した獣害(じゅうがい)事件のことです。
ヒグマが開拓民の一家や駆除(くじょ)に出向いた猟師を襲い、4名が死亡、3名の重傷者を出しました。
この事件は、獣害事件として記録されたものとしては、日本史上2番目に大きなものとなります(1位は三毛別(さんけべつ)羆事件)。

大正12年8月21日、沼田町内の恵比島地区で、太子講(たいしこう、=聖徳太子を奉讃する講)の祭りが開催されました。
余興で上演される浪花節や人情芝居を目当てに、近隣の村落から多くの人々が詰め掛けました。

村民を熱狂させた祭りも午後11時半頃にはお開きとなり、祭りに参加していたその一団も、夜の山道を家路へと急いでいました。

一行が幌新本通りの沢に差し掛かった頃、小用のため50mほど遅れて歩いていた林謙三郎(19)が、突然現れた巨大なヒグマに背後から襲われました。
が、まだ若い彼は死力を尽くして暴れ、帯や着物を裂かれながらも何とか逃れることに成功。
前方を歩く一団に、このヒグマの存在を知らせました。

一方、先回りしたヒグマは、一団の先頭部を歩いていた村田幸次郎(15)を撲殺(ぼくさつ)。
その兄・由郎(18)に重傷を負わせると、彼を生きたまま土中に埋め、その遺体を腹部から食べ始めました。

パニックに陥った一団は、そこから300mほど離れた木造平屋建ての農家・持地乙松宅に逃げ込みます。
屋根裏や押入れの中に身を隠し、囲炉裏(いろり)にシラカバの樹皮を大量にくべて火を強めるなど、ヒグマに立ち向かう手はずを整えます。

やがて30分ほど経過した頃、件のヒグマが現われ、屋内に侵入。
ヒグマは囲炉裏で盛んに燃え上がる火を見ても恐れることもなく踏み消し、部屋の隅で恐怖に震えていた村田兄弟の母親・ウメ(56)を咥(くわ)え上げると、そのまま家を出ていこうとします。
夫・三太郎(54)は、半狂乱になってヒグマをスコップで打ち据えますが、その抵抗も虚しく、ヒグマは向かいの山中へと恐怖に叫ぶウメを引きずっていってしまいました。

妻子を奪われた三太郎はじめ避難民らは、心身ともに苦痛に苛(さいな)まれ、焦燥感(しょうそうかん)に駆られるばかりでした。
しかしながら、何の武器をも持たない彼らには、屋内に閉じこもってわが身を守る以外に打つ手はありません。

そして、むなしい思いの中で夜が明け、翌22日の朝がきたところで、事情を知らない村民が持地宅のそばを偶然通りかかりました。
屋内の一団は大声で助けを求め、既にヒグマが去ったことを確認すると、戸外へ転がり出ました。

近隣の藪の中で、ウメの遺体と土中に埋められた由郎が発見され、まだ息のあった由郎は、ただちに沼田市街の病院に送られましたが、結局病院で死亡しました。

2日後の24日に、在郷軍人、消防団、青年団など総勢300人あまりの応援部隊が幌新地区に到着。
さらに、幌新、恵比島の集落民のうち60歳未満の男子が残らず出動。
村始まって以来のヒグマ討伐隊(とうばつたい)が結成されました。
そして、死傷者を出すひと悶着があった末、ついに、ヒグマは鉄砲隊の一斉射撃により討ち取られました。


現在の沼田町は、北海道でも有数の米どころですが、開拓以前は面積の8割を原生林に覆われており、まさにヒグマの天地でした。
この環境の中で、開拓民とヒグマの接触事故は頻繁(ひんぱん)に発生し、「開拓小屋にクマが侵入し、収穫したてのトウキビ(トウモロコシ)を食われた」「収穫間近のトウキビを一晩で一反(10アール)分食われた」などの逸話(いつわ)には事欠きません。

昭和30年代になっても、共成、東予、更新、真布、さらに幌新など、町内各所にヒグマが出没し、農作物や家畜に被害を与えています。


ちなみに、この沼田町の町名は、町開拓の功労者沼田喜三郎の姓にちなんでつけられたものです。
また、恵比島駅付近は、NHKの朝の連続テレビ小説「すずらん」のロケ地として使われたことがあります。

参考にしたサイト
石狩沼田幌新事件 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/石狩沼田幌新事件
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脱獄した囚人が、裁判官になったことがある?
明治時代の話。脱獄したあとに裁判官に登りつめた人物がいます。
その名は、渡辺魁(わたなべ かい)。

渡辺魁は、ある商社の資金を着服した疑いで、無期懲役に服していましたが、看守の目を盗んで脱獄に成功します。
その後、しばらく潜伏していましたが、辻村庫太と名前を変えて裁判所の職員となり、出世の階段を上っていきます。

そして、逮捕から10年後の1890年(明治23年)には、ついに判事に昇任。
つまり、裁かれる人間から裁く人間になったのです。

が、あるとき脱獄犯と瓜二つだという噂が立ち、隠し通せずに再逮捕されることになります。


ちなみに、この話しは、事件後に格好のネタとして新聞、雑誌に取り上げられたほか、「強盗判事辻村庫太」といった芝居や講談が各地で行なわれたということです。
戦後の作品で、渡邊魁を題材としたものとしては、早乙女貢の小説「鬼の骨」があります。

参考にしたサイト
渡邊魁-weblio辞書
http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E6%B8%A1%E9%82%8A%E9%AD%81_%E6%B8%A1%E9%82%8A%E9%AD%81%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81
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家計簿を見てから盗む気配り泥棒?
家計簿

日本人が発展途上国で生活する場合、一番困るのは、使用人にお金や宝石を盗まれることだそうです。
彼らは、貧乏人が金持ちからお金を盗んでも罪とは考えないらしいので、罪の意識はまったくないのです。
そのため、とにかく家中の引き出しに鍵をかけて防止するのだそうです。

この事件の犯人も、きっと発展途上国の泥棒だったのかも知れません。
彼は、盗みに入ると、真っ先に家計簿を探し、その家の家計の程度を調べます。
そして、多少とも余裕の感じられる家庭でなくては、いっさい盗みを働かなかったのです。たとえ、リッチな家庭であっても、給食費や治療費、光熱費などには絶対に手をつけませんでした。

その代わり、お金がうなっているような家からは、遠慮なくありったけの現金や金目のものをいただいていました。

ちなみに、彼の1日あたりのノルマは10万円。週休2日、週に5日働いたとして月収200万円。
ちょっとうらやましい気もします。
珍事件簿
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うしの刻参りは、殺人罪になる?
わら人形 呪い

恨みもたまりにたまると、よく「呪い殺してやる!」などと口走ります。
が、これを実行した場合は、はたして罪に問われるものなのでしょうか?

かつて、滋賀県でこんな事件がありました。
夜毎、家の玄関にのろいの紙人形が…。

この紙人形は、「うしの刻参り」の一種で、相手を呪い殺すためのものだといいます。
いくら迷信と分かっていても、このような人形を毎晩玄関先に置かれる者の身になれば、気分は晴れません。

そこで、当事者が警察に相談したところ、こうした犯罪(?)は、”迷信犯”あるいは実際には不可能な犯罪であるところから、”不能犯”とよばれ、摘発の対象とはみなされておらず、せいぜい、他人の家に無断で入り込む”家宅侵入罪”が適用されるくらいだといわれたとのこと。

つまり、相手を呪い殺そうとしても、無罪だということになります。
珍事件簿
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「数日間、何も食べておらず腹が減っていた」-豆形ストラップを万引きして逮捕された男
山形県山形市のJR山形駅の土産物店で、「だだちゃ豆」の携帯ストラップ3個とようかん1本を盗んだ男が店員に見つかり、県警山形署に窃盗容疑で逮捕されました。

逮捕されたのは、住所不定、無職の63歳の男で、盗んだ商品の総額は2366円相当。

男は、犯行当時、所持金がほとんどなく、これらの品物を盗んだ動機として、

「数日間、何も食べておらず腹が減っていた。(携帯ストラップを)食べ物だと思った」

と供述しています。

万引きされた「だだちゃ豆」形の携帯ストラップ
だだちゃ豆 携帯 ストラップ

しかし、このストラップが食べ物に見えるとは…、この男、よほどお腹がすいていたのでしょうね。

参考にしたサイト
「数日間、何も食べておらず腹が減っていた。食べ物だと思った」豆形ストラップを万引きした無職を逮捕
http://himasoku1123.blogspot.jp/2013/12/blog-post_5563.html
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仰天! 1ヶ月で3万人蒸発のミステリー?
蒸発

「神隠し」という言葉をご存知でしょうか?
ある日突然、子供が姿を消してしまう。どこを探しても見つからない。
昔の人々は、”きっとこれは神様の仕業に違いない”と思い、このような事象を神隠しと呼びました。

もちろん、そのうちの多くは、誘拐されたり、事故にあったりしていたケースなのですが、人々の目には奇怪な現象として映っていたのです。

さて、かつてアメリカで、たくさんの中年男性がわずか1ヶ月の間に蒸発してしまうという現象がおきました。
これは、アメリカの人口調査当局の発表によるもので、1989年の10月に、全米で45歳から54歳までの中年の男性が、3万人も蒸発してしまったといいます。

会社からも家庭からも姿を消してしまった彼らの多くは、仕事上のトラブルも、家庭内での問題も抱えていない、ごく普通のサラリーマンでした。しかも、蒸発後、だれ一人として姿を現したものはいないというので、これはまさにミステリーです。

いったいどうしてこんなことがおきたのか。SF小説であれば宇宙人にさわられたなどというところなのでしょうが、真相はまったく不明です。
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「皆さーん、この先でネズミ捕りをやってるよ!」
ネズミ捕り

法律って、へ理屈のこねあいみたい、という見本のような出来事でした。

あるとき、京都市内に住む学生A君は、250CCのバイクで走行中、いわゆるネズミ捕りに引っかかり、罰金をとられるハメになりました。

かねてから、ネズミ捕りという卑怯(ひきょう)な摘発の仕方に反感をもっていたA君は、大学に戻り、ハンドマイクを借り出すと、ネズミ捕り現場の約200m手前で、

「みなさーん。この先でネズミ捕りをやっています。スピードを落とし、安全運転をこころがけましょう!」

と大声で呼びかけはじめたのです。

さて、ネズミ捕りの現場では、どの車も安全運転で通過し、一台も引っかからないので、これはおかしい!と気づき、A君の呼びびかけを発見しました。

「公務執行妨害で逮捕する!」

とA君に同行を求めると、A君は、

「安全運転を呼びかけていただけ」

と応酬しました。

しかし、警官もさるもの、考えた末に、道路交通法第7条をもちだしました。
それによると、

「道路において作業するものは、所轄警察署長の許可が必要である」

かくして、A君の反抗もこれにてピリオド。

しかし、A君も頑張りましたよね。
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警察を反省させた「平成の怪盗ルパン」?
日本の警察は大変優秀であると言われますが、その警察を「反省」させた人がいます。しかも、それがドロボーというのですから、二重の驚きです。

その天晴(あっぱれ)なドロボーは、東京の江戸川区に住むN(36歳)。さぞや手の込んだ知能犯であろうと思いきや、事実は全く逆で、Nはドライバー1本で窓ガラスをたたき割って侵入する、時代を弱戻りしたような手口が得意でした。

彼が頭を使ったのは、どんな家に狙いをつけるかとか、警官の職務質問をいかにして逃(のが)れるかとかいった部分で、例えば、犬のいる家を避けたり、2日続けて夕方に明かりのつかない家を狙うとか、近所づきあいが比較的少ない新しいマンションなどを狙う、などです。

また、明かりをつけない自転車は職務質問されやすいので、懐中電灯を持つ。万が一職務質問された場合には、清涼飲料水を買うふりをして自動販売機の後ろに道具を隠す――といった内容です。

警察側は、この巧妙さに「感心」して、今後の盗犯捜査や職務質問に役立てようと、マニュアルとビデオテープまでつくる始末。Nは、自分のことを「平成の怪盗ルパン」と呼んだといいますが、これにはおそらく誰にも異論はないでしょう。

確認された被害は1059件、約2億円で、そのうち1000件以上の犯行現場を地図で示しながら自供したということですから、タダ者ではありません。捜査員が、

「その記憶力があれば、東大だって入れるのに」

というと、Nは、

「ドライバー1本あれば、東大なんて簡単に入れるよ」

とうそぶいたとか。

かくして、サラリーマンの生涯収入が2億数千万円の時代に、36歳の若さで既に2億円を稼いでしまったN。
彼の場合、東大に入って、エリートサラリーマンへの道を歩むよりも、ドロボーとなった、その選択肢は正しかったかも?!
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貴婦人のハートをつかんだ怪盗ナイト?
盗賊

さかのぼること400年、17世紀のイギリス。
ピストルと短剣を片手に、貴族の馬車だけを狙う盗賊が出没しました。

その盗賊一団を率いるのは、フランス生まれの若い美青年、ドゥパル。
ドゥパルは、車中の金持ち連中から容赦なく金品を奪う一方、貴婦人に対しては礼を尽くすこと、騎士(ナイト)のごとしでした。
上流社会の娘たちは、よるとさわると、この怪盗ドゥパルの噂に花を咲かせていました。

ある日のこと、男爵と夫人の一行を襲ったドュパル率いる盗賊団は、夫人から”歓迎の一曲”を賜りました。
その夫人は、かねて憧れていたドゥパルに会えた喜びを、従者にもたせていた楽器(ヴィオラか?)で奏でたのです。

その見事な調べに感銘したドゥパルは、夫人にひざまずいて、ダンスを申し出ました。
かくして2人は、手下たちが銃や剣をきらめかせて取り囲む中、馬車からおりて踊り続けたのでした。
そして、踊り終わると、ドゥパルは車中の男爵につかつかと歩み寄り、

「ご観覧料をちょうだいします」

と申し出たのです。

こんな騎士が、女性にもてないわけがありません。チャールズ二世の御世、ドゥパルはロンドンのパブで酔いつぶれているところをついに捕まってしまいましたが、貴婦人たちは王に助命を願い出たほどでした。

しかしながら、法のもとには”恋”の二文字はなく、1670年、ドゥパルは絞首台の露と消えます。まだ27歳の青年でした。
彼を偲んで、貴婦人たちがたてた墓碑には、以下のように刻まれているそうです。

”あなたが男なら懐中物に、女ならハートを盗まれないようにご注意を”
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