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蛍光色が目立つのは、たくさんの光を反射しているからだった?
蛍光ペン 蛍光色

蛍光ペンで書かれた文字、時計の文字盤、そして交通整理員の衣服など、日常のさまざまな場面で目にする「蛍光色」。
蛍光色は、普通のペンやサインペン等で書かれた一般的な文字とは違う特殊な見え方をして、人の目を引きます。

蛍光色が、このようにとりわけ目立つのは何故なのでしょうか?

そもそも、色というのは、光が反射することによって、私たちの目に「色」として認識されます。
一般的な色の場合には、可視光線(かしこうせん)だけを反射していますが、蛍光色の場合には、「それ以上の光」を反射しています。
それで、より明るく見えるのです。

が、「それ以上の光」というのは、一体どういうことなのでしょうか?

蛍光色の中には、「蛍光体」という物質が含まれています。
この蛍光体は、私たち人間の目には見えない、紫外線などの光線を、可視光線に変える働きがあります。
そして、それらの光を放出します。
その光量は、可視光線の約2倍に及びます。

つまり、蛍光色は、一般的な色の約3倍の光を放出しているため、明るく、目だって見えるのです。
雑学 豆知識


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奈良の大仏の顔カタチは、江戸っ子の好み?
奈良の大仏

奈良の大仏が建立(こんりゅう)されたのは、今から1200年前の平安時代と伝えられています。
この年代にウソはありませんが、正確にいえば、当時造られたオリジナルのままなのは台座だけです。
胴の部分は、1183年に鋳造(ちゅうぞう)し直されたもの。
顔にいたっては、元禄時代1691年に作り直されたものなのです。

このとき、頭部の制作を任されたのは、山田遺安という人物で、なかなかのアイディアマンでした。
彼は、オリジナルの顔をそっくりそのまま復元したのでは、現在人(その当時、つまり元禄時代の人)の好みに合わず、不評(ふひょう)を買うに違いないと考えました。

そこで彼は、家の前に大きなカゴで造った大仏の模型を置き、自分はそのカゴの中に入り、道行く人々があれこれいう感想を書き留めて、顔を修正することにしたのです。

こうして、江戸時代の市井(しせい)の人々の好みを取り入れて生まれたのが、現在の奈良の大仏の顔です。
したがって、現在の大仏さまは、平安時代の胴に、元禄好みの顔がのっている、奇妙なものとなりました。

もしも奈良まで行く機会があれば、大仏さまを、とくと観察してみてください。
我々現在人の感覚からすると、少しバランスが悪いと感じるかもしれません。

参考にしたサイト
「奈良の大仏」は、どんなお坊さん? | 美味しい知識の収集屋
http://blog.livedoor.jp/oobaka1/archives/52144962.html
雑学 豆知識


雑学 | Comments(0) |
婦警さんとスリの深い深い絆とは?
スリ

警察の取調べ室にも、人情の花が咲くことがあります。

これは、福岡県で実際に起こった話です。
あるとき、スリの容疑でつかまった51歳の女性が、取り調べを受けていました。
担当刑事は若い婦警でしたが、スリの女性は、頑(がん)として自供を否定し続けています。

そこで、婦警は作戦を変えました。
根気よく、まずはこの口を割らないスリの女性と会話をもつことに努めたのです。
この作戦は功(こう)を奏(そう)し、世間話から始め、身の上話へと話が進むうちに、スリ女性の頑(かたく)なな態度は、次第にほぐれていきました。

やがて、その会話の中で、スリ女性には婦警と同じ年頃の娘がいることが判明。
以後、2人はお互いにお互いを他人とは思えなくなっていき、心が通い合うようになりました。

そしてついに、スリ女性は、これまで自分がしてきた数々のスリ暦をすべて自供し、婦警も、母をいたわるように、その自供のひとつひとつを聴取したといいます。
珍事件簿


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おかめそばの語源は?
おかめそば

おそば屋さんのメニューのひとつである、おかめそば。
このおかめそばの語源は、具の並べ方が「おかめ・ひょっとこ」の「おかめ」の面を連想させるところからきています。

おかめ
おかめ

おかめそばが登場したのは幕末の頃のこと。
江戸は下谷七軒町(したやしちけんちょう)にあったそば店「太田庵」が考案したものといわれています。
そして、チョウの形に結んだ湯葉(ゆば)が目、マツタケが鼻、カマボコが頬というのが伝統的な顔のようです。

もっとも、マツタケは高級品ですので、現在は他の具で代用しているところがほとんどでしょう。

また、これとは別に、カマボコが丸髷(まるまげ)、竹の子が櫛(くし)、湯葉を島田髷(しまだまげ)に模したという説もあるようです。

今度おそば屋さんに行ったときに、はたして丼の中におかめの顔が見えてくるか、確かめてみてはいかがでしょうか。

参考にしたサイト
そば屋メニュー紹介『おかめそば』
http://www.nichimen.or.jp/menu/okame.html
雑学 豆知識


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青首ダイコンが、ダイコン界のキングになったのは何故?
青首ダイコン

八百屋の店先や、スーパーなどに並んでいるダイコン
このダイコンを見て、そういえば、昔のダイコンと形が違うなあと感じたことのある方はいらっしゃいませんか?

以前はダイコンといえば、練馬ダイコンなどのように、真ん中の部分が太いものが主流でした。
しかしながら、最近私たちがお店で見るのはほとんどがずん胴型のもので、葉のつけ根のところが青い青首ダイコンです。
今や、ダイコン界のキングともいえるこのダイコンが、現在こんなに出回るようになったのは何故なのでしょうか?

その理由は、主に3つあります。

1.青首ダイコンは、抜くのが楽


まず、ずん胴型をした青首ダイコンは、収穫の際に、ダイコンを傷つけることなく、簡単に抜くことができます。
そして、簡単に抜けるということは、農家の方にとっては大助かりなのです。

2.青首ダイコンは、火の通りが良く、人気が高い


次に、青首ダイコンは、火の通りが良く、辛(から)くありません。
そのため、消費者の人気が高いのです。
昔は、ダイコンといえば、お米のとぎ汁でコトコト煮て、ある程度やわらかくしてから煮つけたもので、結構手間がかかりました。
その点、青首ダイコンは火の通りが良いので、調理に手間がかかりません。
これは、忙しい主婦や働く女性にとっては大助かりなのです。

2.青首ダイコンは、ダイコンおろしにも向いている


くわえて、青首ダイコンは、夏でもあまり辛くなりません。
そのため、ダイコンおろしにして、手軽に食べるという用途にも向いています。
これも、強みとなります。

ダイコンに限らず、最近の野菜は、品種改良を繰り返した結果、昔のものと比べて味が薄くなり、栄養価も下がっています。
これを嘆(なげ)く向きもありますが、やはり調理のしやすさというのは、人気を左右する大きなポイントということなのでしょう。
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